◆4

               【閉館時刻です。】



「あ。はい」




 あれからの数時間、物語に没頭していた。時間の経過など曖昧で、また眠ってしまっていた気さえした。違うと言えば、テーブルにも本棚にも自分の他に誰もいない事と、窓の外が暗くなっている事。それ以外に変化は無かった。

 


 結局読み終える事が出来なかった物語を連れて、館内を出る。外の気温は十分に蒸し暑いが、陽が落ち幾分かマシにはなっている。


 さっきと同じように外廊下を通り、駐輪場の脇を抜け――停めてある自転車はまばらだ、そのまま正面の門をくぐり、帰路に着こうとした時だった。




花壇、花を思い出したのだ。







「真っ赤、だな」




 臙脂えんじ色の煉瓦を積み上げた花壇へ、細かい雨が降り注ぐ。

 雨に濡れたその花を近くで眺めれば、紫陽花だという事に気が付いた。端の方に植えられた赤い紫陽花。その一角だけが赤く染められ、同じ花壇に咲く他の紫陽花は全てが濃い紫色だった。


……その一群は燃えるように赤く咲き濡れ、静かに沈黙している。生々しい色素が、本当に口を噤んで黙秘しているような息遣いすら感じさせるのだ。




 奇妙な感覚に囚われる……、









 







「そんなに珍しいか? 赤い紫陽花が」




 突然背後で、誰かの声がした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る