金木犀
自分がどうやら死ねないらしいと気がついたのは、一体いつのことだったろう。
延々と続く生の中、記憶は漠然と降り積もる埃のようで、積もっては掃き、積もっては掃きを繰り返す内、広々とした埃の野原ができていた。時折見渡しては、呆然として、足許を見る。そこだけが、こざっぱり整理されている。
そうしてしばし目を瞑り、落ち着いてから、手の平を広げてみるのだ。そこにはいつでも、埃の中から見つけた小さな宝物たちが収まっている。
それは夕陽に融け輝く海であり、踏み潰された蝶であり、金木犀と共に眠る彼だった。
中でも、『彼』は特別である。
名前も何も覚えていない。生前の彼と一体何があったかも。ただ、手ずから掘った墓穴に、たくさんの金木犀の花と一緒に埋めてやったことだけは覚えている。
それほど大きな穴ではなかった。
彼は子供だったのかもしれない。
以来時々、彼が私の許へやって来る。姿は見えないが、金木犀の香りがするので、それと分かる。
少しでも長く居てもらうためには、気づいていないふりをするのが肝要だ。死後の世界にも何かしらのルールがあるものか、それとも認識の曖昧な隙間にしか死者は存在できないものか、見ようとしたり話しかけようとしたりすると、彼は忽然と消えてしまう。
触れ合うことはできないのだ。
しかし、それでも私にとっては充分だった。どれほど長い時間が流れても、彼は絶対の優しさと慈しみ、愛を持って私に接してくれる。
死んだものは決して変わらない。
永い永い生の中で、つまるところ、それだけが私の真実だった。
そんなことをぼんやり考えていたところ、不意に、ああ、と気がついた。いや、思い出した、というべきか。
私が彼を殺したのだ。
金木犀の香りが甘く漂う。形を持たない彼の手が、柔らかに私の背中を撫でた。
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