欠番

 ず。


 深夜、何をするでもなく、ぼんやり起きていることがある。眠れないというわけではない。ただ何となく、夜の冷たい、しんとした空気感が好きなのだ。

 そういう時、窓を開けてのんびり煙草をくゆらせながら、寝静まった町を眺めたりする。やや不便な高台にある安下宿は、展望という点に限っては、そう悪くない立地と思えた。

 見下ろす町に光は疎らだ。遠くに辛うじて夜景と言えなくもない光の群れが見えるのだけど、そちらはおそらく隣町のものだろう。


 ず。


 ―――この、何かが這いずる音に気がついたのは、いつ頃だったか。忘れてしまった。

 夜の間だけたまに聞こえて、朝には止む。

 ともすれば空耳と勘違いしそうな、小さい音。

 最初は天井裏に蛇が入り込んだのかと焦ったが、それにしては音源の位置がはっきりしない。どうも音は外から聞こえているようだった。

 夜行性の蛇でも近くに棲んでいるのだろうか。

 気にはなるが、確かめるほどのことでもないと放っておいた。下宿の裏には藪がある。青大将くらい潜んでいてもおかしくはない。


 ず。


 ある晩、例によって夜更かしをして、窓辺で煙草をふかしていると、またあの、ず、という音が聞こえた。


 ず、ず、


 ああ、またか。と思いながら、煙草を深く吸って吐き出した瞬間、煙と一緒に「おや」という間抜けな声が口から漏れた。

 眼下に散らばる町明りの一部が、緩やかにだが動いているような気がする。車のライトの動きではない。ず、ず、という音と共にじわりと動いて、音が止めば一緒に止まる。

 光が疎らなせいで分かりにくいが、動く光を繋げてみると、どうやら一本の線になるようだった。

 まさか、道路が動いている?

 馬鹿げているとは思いつつ、私はどうしてもその想像の真偽を確かめてみたい気分になった。



 翌朝、空が明らむや、すぐに私は部屋を出た。

 片手には一応、ここへ越してきたばかりの頃使っていた町の地図を持っている。

 それと晩中観察していた動く光の記憶を照らし合わせつつ、目当ての道を探して歩いた。本当に存在するとは思っていないが、好奇心は止められない。

 ここら辺だろう。と当たりをつけた付近をしばらく歩いてみたけれど、結局、それらしい奇異なものは見つからなかった。

 ふと、路傍に建つ標識を見ると、

「国道59」

 と記されている。少なくとも国の管理下にある国道が目当ての道ということはあるまい。地図にもちゃんと載っているのだし。

 苦笑して、コンビニで朝食を買いつつ、下宿に戻った。きっと夜のあの、何が起こってもおかしくないような独特の雰囲気に惑わされ、本当は何でもない理由のつく現象を妙なことと思い込んだのだろう。

 世の中そうそうに不思議なことなどあるものではない。

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