第2話 バス

「はぁ、ふぅ、ま、間に合ったぁー」


 肩を揺らして息を切らせて、私はやっとの思いでバスに乗り込んだ。

 噂のせいか、ド田舎のバスとは思えないほどの密度だ。これが俗に言う乗車率200%というやつだろうか。

 人をかき分けて奥へ、奥へ。私のただならない顔色を見かねてか、座っていた一般社会人男性が申し訳無さそうに席を譲ってくれた。

 こちらこそ申し訳ない。と思いながら遠慮なく腰掛ける。最後列の左から2番目、なんて素晴らしいポジションを明け渡してくれたのだろう。

 そうしている内に、バスの扉が閉まる。車内の時計でも13時ちょうど。もうまもなく出発だ。

 スマートフォンの消灯を解除し、SMSで先程の番号宛に「乗った」とだけ送る。

 秒で帰ってくる安っぽいニコニコマークを確認して、今日の仕事は終わりだと言わんばかりにカバンの前ポケットにしまい込んだ。

 動き出す。バスの車窓から離れていく激混み神社を見送る。ありがとう、もう二度と来ないよ。


 さて、と。胸ポケットに雑に入れていたお守りを確認する。

 ――一見、何の変哲もないお守りに見える。

 紫色の糸で編み込んだ長方形の布袋に、金の刺繍で「夢叶神社」と書いてある。

 桃色の紐で結ばれた縄はきっと縁起の良い形をしているのだろう。私の知識ではそれが何なのかあたりはつかないが、少なくとも禍々しいものではない。

 裏面にはまた金の刺繍で「正願成就」の文字が縫い込まれていて、いかにもご利益めいている。

 ――ふっ、と明かりが消え、オレンジ色の光が車窓を幾度となく通り過ぎる。トンネルに入ったのだ。

 バスに乗り込んだ人々は非日常を終えて日常に戻るように、他愛ない話をしだした。

 なんとも――つまらない。

 ここまで労力に見合わない長旅は久しぶりだ。車窓に映るむくれた自分の顔には不満の二文字が浮かび上がってきても違和感がないくらいには、徒労。

 不配慮な喧騒、暗くてろくに見えない視界、早起きがたたってか、もはやあくびが止まらない。

 何度目かの伸びの帰りで涙を指で拭って目を開けてみると、ちょうどトンネルを抜ける所だった。

 外はすっかりもう暗い。電灯もない、星も見えない漆黒の夜が訪れた。


 ――夜? そんな馬鹿な。時刻は13時を過ぎたあたりのはずだ。

 バスは出発してから日没までの約5時間をぶっ続けに直進なんてしない。

 焦って車内を見渡す。喧騒が消えている。搭乗している人数はたったの5人――。

 下車したのだろうか、私は迂闊にも寝てしまっていたのだろうか。

 急いでスマートフォンをバッグから取り出す。

 明かりがつかない。それどころか電源が入っていないようだ。電源ボタンを長押ししても、電池が切れたように何も言わない。

 他の乗客も焦っているのか、周囲をキョロキョロと見回し始める。そんな中――


「あっ成功した――」


 バスの最後列の一番左の席、言うなら私の隣りに座っていた影の薄い少年が、ニヤけた顔でそう口にした。


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