ジョウシャケン
那須高
第1話 調査
2021年、夏。
大都会東京から飛行機で2時間ほど飛び立ち、2両編成の電車に乗って、1時間に1本あればいい方のバスになんとかドアツードアで乗り込んで、私はようやくその場所にたどり着いた。
「夢叶神社……うん、間違いない。思ったより遠く感じたな」
スマートフォンの地図アプリに表示された名前と、神社の前に突き立った石碑の文字とを見比べて照合し、私はようやく安堵のため息をついた。
目覚ましを早めにセットして朝5時に起きたというのに、時刻はもう11時過ぎ。刺すような太陽光から首筋を庇うように顔を上げると、そこには広大な晴天と比肩するほどの巨大な神社が構えていた。
古びた木造の鳥居を一礼してくぐる。1つ、2つ、3つ。そうすると、先ほどまでの静かな夏の様相からうってかわって、何十人もの人でひしめく境内へたどり着くことが出来た。
「こんなに人が……わっと」
私と同じくバスから降りた人が、追い抜き様に肩をぶつけて行く。
それに不服な感情を覚えていると、今度はバスに乗るために出ていく人に邪魔だと舌打ちをされた。
──何なの、この糞田舎は。誰も彼も人を思いやる様子がない。皆自分のことばっかり考えている。
……それもそうか。ここは夢叶神社。ここに来る人は皆夢や願いがあって訪れた自分勝手な来訪者しかおらず、地元の人なんて、見渡す限りきっと一人もいないんだ。
ああ、嫌になるな。そう思って空を見上げる。この真昼の晴天と、体を撫でるように吹き抜けていく風だけは、自然そのものだっていうのに。
都会のスモッグを肺から吐き出すようにため息をついたあと、私はスマートフォンを再び開いて、電話帳から例の番号を選択する。
1コールもしないうちに繋がった通話の先からは、いつもの胡散臭くて軽薄そうな男の声が聞こえてきた。
「やっほー、アキちゃん。無事についたようだね」
「はい」
「わーお素っ気ない。君の夢が叶うかも知れないんだよ? もう少し喜びなよ」
「まだ叶ったわけではありませんから」
「シビアだねぇ。まいいけど。とりあえず依頼の内容を再説明するね」
えーっと。と男は言って、少しするとひどく音割れした"エリーゼの為に"が流れ始めた。
私はこの男が苦手だ。しゃべり方といい思想といい、全く信用が出来ない。
だが、仕事はしっかり出来るので一応信頼はしている。友達にはなりたくないけど、SNSで繋がっている分には構わない。そういう関係性だ。
「さ、準備できたよ。よく聞いてね」
私の感情をよそに、男は抑揚はあるのに眠たくなるような声で依頼の内容を説明した。
──夢叶神社。最近はテレビとかでもパワースポットとして売り出しているね。効果は夢が叶うという、単純だけど強力なものだ。
SNSでは願いが叶ったとか言っている人がいるが、あれはただのプラセボだ。この噂の元を辿ると1つの掲示板の書き込みがどうやら最古のものらしい。
オカルト板と呼ばれていたかな。そこでの書き込みはこうだ。
『夢叶神社から夢叶駅行きの13時ピッタリのバスに乗れ。これで俺は死んだ母親を生き返らせた』
如何にも嘘臭いだろう? しかし、1ヶ月後のドキュメンタリーで意識不明の母親が目を覚ましたことと、夢叶神社の話が出て来て一気に信憑性が出てしまった。
それからはあっという間だ。君の目の前にいる人達全員がその証人と言えるだろう。
君への依頼は祈りではなく、その掲示板の行為の再現だ。まず、強く願う事を紙に書き、祈祷してもらってお守りにする。それを手にもって、13時に出発するバスに乗る。
何も起きなければそれで良し。もし起こるようならそれを体感してくれ。
間違いなく、それが怪異だ。
一度深淵に触れた者よ、君が深淵に飲まれないことを願っているよ。
「……そうですか。もし失敗したら?」
「失敗というのは条件の未達成かい? それとも怪異の未発生かい?」
「両方です」
「後者の場合はそれはそれでいいさ。面白そうだった。で済む話だしね。でも前者ダメだ。君を不適合者と見なして組織を辞めてもらう。もちろん、ここまでの記憶はきれいさっぱり忘れて貰うよ」
「それは困ります」
「でしょうよ! それじゃあ、お願いするね。バイバーイ」
気づいたら私の右手は通話切断ボタンを押していた。
……なんだ、そのバイバーイとかいう軽薄な返事は。
失敗したらサヨナラ。成功しても事と次第によっては死ぬことになるだろうに。
だから合わないんだ、この人とは。
耳から入った不快感を口から吐き出して、ふと、スマートフォンの待ち受け画面を見る。
私と最愛の君との思い出の写真の上に表示される、時刻は12時13分。残り……47分?!
「まずっ!!」
47分で祈祷を?! 私は大慌てで予約を済ませ、願い事を5秒でしたためて封じ、大急ぎでおにぎりとお茶を買い込んだ。
神主さんの祈祷が終わったときには12時55分。エンジンのかかったバスは唸り声をあげて今か今かとその身を震わせていた。
「ああああー!間に合ってー!!」
自分自信に願いを込めながら、私は境内を全力でダッシュした。
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