三十二話 伝わらない真実


「・・・は?」


まだ広まっていないはずの地原来香の件を夏葉さんに質問されて呆然とする。あの件は本人達しか知らない情報で、まず俺から漏れることは無い。話す相手がいないというかそもそも友達がいないからだ。じゃあ、噂を漏らしたのは地原来香しかいない訳だが、どのようにしてその噂を拡散させたのか疑問だ。


「ねぇ、その反応・・・もしかしてほんとに付き合ってるの?!」


「・・・さぁな」


俺は素直に答えるのではなく、はぐらかすことにした。それが悪手だと言うことは自覚しているが、それ以上に夏葉さんに事情を説明するのが面倒臭い。というのも、本当のことを伝えれば伝えたで、どうせ信じて貰えなさそうだし、それで話が長引くのもゴメンだからだ。今の俺が最優先とするのはHRまで寝る事で、それ以外は後回し。こんな所で足止めされているわけにはいかない。


「ちょっと!何帰ろうとしてんのよ?!」


「・・・っ!?」


立ち去ろうとした瞬間、夏葉さんが俺の手を掴む。振り払おうと思ったが、あとからなんて言われるかたまったもんじゃないので諦める。


「手・・・離してくれないか?」


「逃げないって約束するなら離してあげる」


「良いのか?このまま俺の手握ってると、周りの奴らから変な噂がたつと思うぞ」


大抵こう言っておけば、ほとんどの奴らが離れていく。他人から見られなくても相手にされなくても痛くも痒くもない。これが俺の俺なりの防衛術。平穏に暮らす為に見出した方法だ。


然し--


「だったら何?」


「・・・何って」


「こんなんでアンタみたいなジメジメ君と夏葉が付き合ってるなんて思う人いるわけないじゃない。思い上がるのもいい加減にして」


「・・・あ、はい」


友達のいない俺でもわかる。夏葉さんが俺に向けてるモノは、『何言ってんだ、お前は?キモイんだよ、クソが』という眼だ。


「それで?アンタは地原来香と付き合ってるの?付き合ってないの?」


「はぁ…付き合ってるか付き合ってないかの事実で言えば付き合ってるんだろうけど、俺は彼女の事を好きだとは思ってないし、それにアレは彼女の強行みたいなもんだし…」


口から出るのは自分でも分かるほどにクズな発言だ。詳しい理由を聞いていなければ、彼女と俺の昨夜の通話内容を聞いていなければ、嘘だろうが真実だろうが夏葉さんには言い訳にしか聞こえない。それが分かっていても、自分は被害者だと…悪くないと思われたい自分がいた。


「・・・は?つきあってるのに好きじゃない?相手の強行? そんなんで夏葉が納得すると思うの?」


ご尤もです。俺だって他人からそんな話を聞けば『クソみてえなこと言ってんじゃねえぞ』って思います。でも事実なんですよね…。信用されないって辛すぎてメンタルボロボロよ。こんな事ならちゃんと人との繋がりを大事にしていけば良かったと思ったけど、よくよく考えたら面倒いし向いてないので無理でした。


「・・・で?本当は?どうなの?正直に言わないと解放しないから」


「いや、本当も何も・・・」


「はァ?なんでこんな簡単な質問にも答えられないわけ?友達いたことないの?」


「・・・・」


夏葉さんの一言。その一言は俺にとっては痛くも痒くもないはずだった。そう思っていた。ただ実際に言われると結構辛いもんだなと思う。でも、それは自分がその道を選んだからで自業自得。だから怒りよりもむしろ笑えてくる。


「まただんまり。もういいや、あいつに直接聞いてくるわ」


「・・・・」


呆れ。そして苛立ち。不快な感情だけが込められた発言に俺は何も言い返せない。夏葉さんはもうあんたに用はないといった様子でその場か立ち去っていった。

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ブラコン妹が俺の学園ラブコメを成り立たせている 雪鵠夕璃 @ASUJA

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