三十話:妹達は見ている


「はぁ・・・」


朝から憂鬱だ。別に学校に行くのが面倒いとか、眠いとからそういう理由ではない。俺がこんなに憂鬱なのは、隣で幸せそうに俺の腕を自身の体に抱き寄せて歩く女子生徒のせいだ。


「えーと、来香さん?」


「はい? どうしましたか? 蓮太郎先輩?」


唯華や凛花さんとは違う甘ったるい声と自分の一番可愛いと分かってるような計算づくされた笑顔で地原来香がこちらを見上げる。並の男ならこれでワンパンオーバーキルって所なのだろうが、お生憎様、俺は女子の笑顔と優しさは信用しないと決めている。ただ、ボディタッチや距離感は別なのでちょっとやめて頂きたいところではある。好きじゃなくても、異性にボディタッチされたり、距離感バグで密着状態は非モテ陰キャの心臓に悪い。


「いや、なんていうか距離が近いかなーっと」


「・・・?」


何故、彼女がキョトンとしてるのか分からない。誰が見ても一目瞭然だと思うのだが。恋人間ではこれが普通なのだろうか?歩きにくくてストレスが溜まって仕方ない。


「距離が近いと来香さんも歩きにくくない?」


「ん〜、来香的にはそんなことないですけど・・・」


「そ、そうですか」


同意してくれれば心の負担も多少は減るんだが、そこまで甘くは無いらしい。


「そんなことよりも蓮太郎先輩」


「・・・?」


俺からしたらそんな事で済ませれることでは無いんだけど、彼女にとってはそんな事らしい。


「今、すっごくムラムラしませんか?」


「・・・・は?」


「は?じゃないですってば! 凄っく来香の事を欲望の思うがままに今すぐめちゃくちゃにしたいと思いませんか?」


来香さんが意味の分からない事を勢い強く尋ねてくる。申し訳ないが欲望の思うがままにしていいなら、めちゃくちゃにしたいよりも一人で静かに通学したいの方が十割だ。


「・・・別に思わないけど」


「・・・なっ!? 来香とこんなにも密着してるのにですか?!」


「俺からすれば歩きにくいの方が上回るんだが…」


あとは、口にすることは出来ないが、異性とこんなに密着して歩く経験が妹以外にいなかった事もあり、全く感じたことのない気分でシンドい。今にもこの腕を振りほどいてトイレでゲロりたい。


「うーん、おかしい。・・・書いてたのと反応が違う」


ボソボソと来香さんが何かを呟く。こういう時、「何か言った?」って聞く流れなんだろうが、会話を長続きさせたくないので聞きません。なるべく喋らずスピーディーに通学して、彼女とお別れしたい。今の俺はただただ解放されたい気持ちでいっぱいだ。


・・・誰か助けてくれ



---------


「蓮兄が助けを求めてる!行かなきゃ!!」


私は物陰から身を乗り出し、前を歩く蓮兄と泥棒猫の方へと駆け出す。然し、助ける為に伸ばした手も声さえも蓮兄達には届かない。


何故なら--


「はい、ストッ〜プ♪ 落ち着きなって、唯華。それと凛花も」


「ちょ、フユちゃん!? 蓮兄が私に!大大大好きなラブリーでエンジェルなリトルシスターに助けを求めてるの!!はぁなぁしぃてぇ〜!!」


「・・・何するんですか?わたしはただ嫌そうなお兄さんを助けて好感度を上げたいだけです」


「はいはい、自称おバカエンジェルちゃんと下心丸出しピンクちゃんは大人しくハウスしててってば」


私もりんりんもフユちゃんに制服の首根っこを掴まれていたからだった。相変わらずモデルの女の子みたいに健康的で細い腕なのに、どんな力があるんだと謎だらけなフユちゃん、恐るべし。


「落ち着けって落ち着けるわけないじゃん!今にも蓮兄の心が壊れる勢いで衰弱してるんだよ!?だからチャンスなんだよ!妹である私に依存させる為にも!」


「そうですよ!このままだと心が壊・・・れた所に優しくすれば私が居ないとダメなお兄さんに…」


「いや、怖っ!? ますますあんたら止めて良かったわ、ホントマジで」


私とりんりんの発言にドン引きするフユちゃん。なんで引いてるのか分からない。男性だって、弱ってる女の子の心に付け入るんだから、当たり前の事だ。恋愛なんてものは美化されてるだけで、実際に綺麗なんて呼べるものでは無い。結果が全て。依存だろうとそれは一種の愛だと私は思う。血の繋がってる兄妹なら尚更、『依存』という方法じゃないと未来永劫一緒にいられない。


「友人としての忠告だけど、そんな危ない思想を蓮太郎先輩に知られたら二人とも好感度ドン底確定だよ?」


フユちゃんはため息をついて、諭す様に言う。


「・・・いやいや、私と蓮兄はラブラブな兄妹だよ? そんな簡単に好感度が下がるわけないし、寧ろ下がるという概念がそもそも私たちには無いんだよ」


「私もゆいゆいに同意見です。妹ではありませんが、お兄さんが今更、私たちを嫌いになるとは思えませんし、グチグチウダウダと文句を垂れる所もありますが実の所は世話焼きな面もありますし、寧ろちょっと欠点がある方が可愛いと思います」


「はぁ…。もうそれでいいよ」


何故か呆れた様にため息をつくフユちゃん。よく分からないけど、もう私達を止めるつもりは無いらしい。なら、蓮兄を助けに行こう!待っててね!蓮兄!!


「・・・って、あれ?」


「どうしたの?ゆいゆい?」


「もう蓮兄の姿がない…」


「・・・え?そんなわ--」


りんりんが私と同じ方向を見て、言葉を詰まらせる。そして私とりんりんは同時にフユちゃんの方を見ると、


「あー、残念だったねー」


心のこもってない声音でありながら、してやったりという笑みを口元に刻んでいた。

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