二十四話:妹と友達、そして手紙


放課後。オカルト部の活動がある為に、乗り気はしないものの早めに帰りの支度をして廊下に出ると、見計らっていたかのように階段から唯華と凛花さんが現れる。まるで俺を帰らせないように。信用のなさは心外だが、100%否定は出来ないから流石と言うべきか。


「蓮兄ー!迎えに来たよー!!」


「おにいさーん、お待たせしました」


放課後に迎えに来るとは聞いてはいたが、クラスメイトがまだ残っているタイミングで声をかけてくるのはやめて欲しい。口々と周りから「え?アイツ、後輩の女の子にあんな呼び方させてるのか?」や「烏杜君って…そういう趣味が?」というマイナスな言葉や、「実妹か、義妹か・・・そこが問題だが、とりあえずくたばれ」、「わんちゃん・・・後輩女子にお兄ちゃん呼びさせて快感を得ているパターンも捨て難い」等といった馬鹿らしい言葉が聞こえてくる。


「はぁ…最悪だ」


俺は早歩きで唯華達の元に向かう。そしてそのまま横を通り過ぎると、追いかける様に二人が階段を降りていく。


「ねぇねぇ、蓮兄〜?」


「普段トロトロしてるのに足早でどうしたんですか?お兄さん?」


さりげなく貶された気がするのだが、咎めることもせずに下駄箱へと向かう。暫くして着いたので、靴を取り出す。その際に一枚の手紙が床に落ちた。ソレは朝入っていた物だが拾うと面倒い事に巻き込まれるのは確定の為、前回と同じく存在そのものを無かったていにして靴に履き替える。


「さて、文化棟に向か--」


「あぁー!! 蓮兄の下駄箱からラブレターがでてきたぁー!!」


「え?お兄さんの魅力に気づいた人が他にも!?」


うか、と言い切る前に唯華と凛花さんが驚いた声をあげる。然し、ここで反応すると手紙の存在に気付いていることになってしまう。それは御免こうむる。なので知らない事にする。


「はいはい、勉強のし過ぎで幻覚でも見たんだろ。早く部活に行かないとアリスさんに怒られるぞー」


「は!? 蓮兄があからさまに誤魔化しに来てる!?」


「私の背中を躊躇なく触って!? やはり隠してますね?お兄さん?」


二人の背中を押しながら話をそらそうとするが、そう簡単にはいかないらしい。確かに普段の俺なら唯華以外の女の子に触れる事は難しい。ちょっと心外だが否定はできない。


「やれやれ、俺だって成長するさ。あまり見くびらないでもらいたいね」


「ホントかなぁ? りんりん、試してみて!」


「うん!任せて、ゆいゆい!」


強気に出てみると、凛花さんが動いた。先ず、くるりとコチラへと振り返り、次に先程まで背中に添えていた俺の手を握った。そして戸惑う俺の眼を真っ直ぐ見て、柔らかそうな形の整った唇を動かす。


「お兄さん。試しに、凛花って・・・呼んでみてください」


少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、凛花さんが告げた一言。今まで、下の名前で呼んだことはなく、ましてや「さん」「ちゃん」を付けずに呼び捨て。俺を殺しに来てるとしか思えない。


「そ、そんな事でいいのか?」


素直に謝れば済むと分かっていても、呼び捨てにするだけで、手紙という面倒事から避けれるなら、これくらいの痛みは安いものだ。俺は、いざ行かん!っと口を開いて・・・止まった。


「・・・・」


「・・・お兄さん?」


口が半開きのまま固まる俺を見て、凛花さんが不思議そうに首を傾げる。ちなみにその後ろでは、唯華が小生意気な顔で「おやおやぁ?成長した蓮兄なら、この程度は簡単だと思ったけど勘違いだったのかなぁ?」と煽っている。アイツは後でお説教の時間が必要なみたいだ。


「その様子ですと・・・まだダメそうですね」


凛花さんは少し安堵したような様子で俺の手を離す。落胆はされなかったもののなんていうか釈然としない。だけど、これで許されたならそれはそれで結果オーライだ。という訳で、さっさと文化棟へ向かおうと気持ちを切り替えた瞬間、


「え〜と、なになに--」



----

愛しの蓮太郎先輩へ


突然こんな手紙を渡してしまってごめんなさい


実は、いつも蓮太郎先輩の事を見てました。


気づいてましたか?気づいていたなら私の愛が届いてるってことですよね?そうだったら嬉しいなぁ♡


私が蓮太郎先輩の姿を追い掛けるようになったのは、ショッピングモールの階段で転んだ時に、蓮太郎先輩が私に優しい笑顔で手を差し伸べてくれたのが嬉しかったからです。


それで、蓮太郎先輩に会うために沢山調べて名前と高校を突き止めて入学しました。これで蓮太郎先輩に沢山愛して貰えます


もし…ううん、絶対に放課後、中庭に来てくださいね? ずっとずーっと蓮太郎先輩の事を待ってます


地原じはら來香らいかより。


----


「・・・誰?」


「聞いたことない名前ですね」


唯華と凛花さんが首を傾げる。因みに俺も知らない名前だ。というかだ。


「ここの一文にあるショッピングモールで助けたってのは、アレだよね?」


「・・・あー、アレか」


唯華の言っているアレが何なのか理解して頷く。ただ、それを知らない凛花さんは?マークを頭に浮かべていることだろう。


「あのー、アレって?」


「あーっと、この地原さんって人を助けた時ってのが多分、好きな作家のサイン会の日だったのかなと思ってさ」


「うんうん、蓮兄が優しい笑顔を浮べる時は、作家のサイン会と好きなバンドのライブ位しか無いから、超激レアキャラなんだよ!」


「は、はぁ…」


なんか若干、凛花さんの顔が引きつっている気はするがおそらく気のせいだろう。まぁ、合ってるかは定かでは無いため、断言は出来ないが、上機嫌では無い限りそうそう笑顔を浮かべることは無い。一応、愛想笑いの可能性もあるけど。


「ま、まぁ、だいたい分かりました。それで? どうするんですか?」


「・・・どうするとは?」


「決まってるじゃないですか。中庭に行くのか、行かないのか、ですよ」


呆れた様に凛花さんが告げる。


「・・・え?行く選択肢もあるの?」


「はぁ…。例えばですよ?誕生日パーティーに友達を招待したとします。然し、当日に誰も来てくれなかったら、お兄さんはどうしますか?」


「家族と祝えば良いんじゃないか? わざわざ友人と祝う必要ってないだろ」


他人の誕生日パーティーなんてお呼ばれされたことは無いがだいたい想像はつく。招待された側は強制的にプレゼントを渡さなきゃいけないし、他の人よりショボイとその後の関係性に響く。心の底から関わりたいと思わないイベント事だ。それに比べて家族の誕生日なら他人より良い物をなんて考えなくてもいいし、楽だ。


「えーっと、その、まぁ、それも一理あるんですけど…」


俺の回答に凛花さんは頭を悩ませる。どうしてそんな反応をするのか、理解できない。


「りんりん!やめて!蓮兄は一度も友達イベントの経験がないんだよ!もっと分かりやすい例えにしてあげて!」


不意に、唯華が大声を出した。恐らく、俺のフォローをしたつもりの様だが、逆に刺されている感じがするのは気のせいだと思いたい。


「はぁ…。じゃあ、中庭に行かないとします。次の日から学校内でお兄さんが女の子の手紙を無視した挙句に中庭に放置したまま帰ったっていう最低な噂がたちます。そうなったらどうなりますか?」


「・・・平穏な学園生活が終わる」


先程よりもわかりやすい例えに青ざめる。今でさえ、平穏に過ごせているのか怪しいというのに、そんな噂がたてば本当に終わりだ。


「じゃあ、どうするか分かりますよね? お兄さん?」


「行き・・・ます」


時には面倒事を避ける事ができないらしい。俺は盛大なため息をついた後、アリスさんへの遅刻説明を唯華達に任せ、地原來香という女子生徒が待つ中庭へと向かった。

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