二十五話:地原来香
「なんか段々と平穏が離れていってる気がするな…」
唯華達と別れ、一人寂しく中庭へと向かう道中に呟く。小・中と平穏を奪われてきた経験からこの流れはあまりにも良くない。だからといって、今回の展開は凛花さんの言う通り、避けるべきではない。というか、ちゃんと考えていれば予期出来た結末だ。そりゃ、無視したら平穏は遠のくに決まっていた。どうやら、面倒いと思うと後先を考えずに避ける癖があるようだ。そこに関しては素直に改善していこうと思う。
「それにしても、女子に呼び出されるなんて、中学の時に落し物のハンカチを拾って返したら、盗んだと思われた頃以来だな」
ふと嫌な思い出が頭に過り、肩を落とす。アレは本当に酷かった。落ちてたハンカチを拾って持ち主に声をかけたら、「え?なんでアンタが私のハンカチ持ってんのよ? 何?盗んだの?ありえないんだけど!」って一方的にキレられた挙句に、中庭に呼び出されて女子複数人に何故か説教されたんだっけか。今思うとアレは流石に意味が分からなかったな。
「っと、そろそろ中庭か」
思い出に耽っている間に中庭が見えてきた。昼休みの騒がしさと違って、放課後は静かなものだと思う。そんな不気味な程に静まり返った場所で、ベンチに座るわけでもなにかしているわけでもなく立っているだけの女子生徒が目に入る。おそらく彼女が地原来香だろう。なんというか話しかけない方が良いと思ってしまう。関われば最後、永遠に付きまとわられる気がしてならない。どちらにせよ害が及ぶ事に変わりはない。俺は何度か深呼吸した後、覚悟を決めて女子生徒の方へと向かう。
「あの…!?」
声の届く範囲で足を止め、話しかける瞬間、背を向けていた女子生徒がこちらを振り返った。気配を察知して振り向いてきたのだろうが、不意打ちすぎて心臓が止まるかと思った。おかげでせっかく覚悟していた気持ちは霧散し、冷や汗が止まらなくなり、頭が真っ白な上に緊張で手が震えている。そんな産まれたての子鹿状態の俺のつま先から頭まで眺めた後、その女子生徒は制服のポケットからスマホを取りだす。そして再び、俺の全身を見た後、笑顔を浮かべて俺の手を両手で握って、唇を動かす。
「やっと会えましたね♪ 愛しの蓮太郎先輩♡」
「・・・う」
甘ったるい声とでも言うのだろうか。彼女の発した言葉が耳に入ってきた時、謎のこしょばゆさを感じた。冬葉さんと同じ先輩呼びなのに感じ方が違う。なんていうか頭がおかしくなりそうだ。
「えーっと…蓮太郎先輩ですよね?」
俺が返事をしない事で女子生徒が再度尋ねてくる。
「あ、あぁ」
震えた声が俺の口から発せられる。今の俺の傍にはフォローしてくれる唯華はいない。だから適した返しが迷子状態だ。誰か助けて欲しい。
「いやぁ、私の目に間違いはなかったみたいで安心しました!それで早速なんですけど、呼び出しに答えてくれたんですから、私と蓮太郎先輩はもう恋人同士って事ですよね? そうですよね?」
突然、地原来香が意味分からない事を告げた。
「えっと・・・ん?」
呼び出しに答えただけで恋人同士になるってのは流石に恋愛経験ゼロの俺でもおかしいと分かる。だけど、なんというかここまで異性から好意を寄せられた経験が無いこともあり、悪い気はしない。それによくよく考えて思ったんだが、断っても、『陰キャが後輩の女の子を振った』って噂が流れて最低な男というレッテルを貼られて平穏が遠のくのでは?
・・・・詰んでない?これ?
「あ、え、その・・・ははは」
テンパりすぎて頭がおかしくなりそうだ。どうすれば穏便に互いに傷つくことなく終わらせることが出来るだろうか。足りない頭を回転させるんだ、俺。・・・ダメだ、こういう時の経験も知識もないから思いつかない。
「早速なんですけど、連絡先交換しませんか?ほら!私達って恋人関係になる訳じゃないですか?なら、いつでも連絡出来るようにしないとですよね?」
話が勝手に悪い方向へと進んでいく。でも悲しいかな。こういう時の対処なんて知らない俺は流れに身を任せてスマホを取り出す。それを地原来香は受け取ると手際よく連絡先を交換する。
「えへへっ♪ これで何時でも蓮太郎先輩の声が聞けますね♡」
付き合えないと今更言うことの出来ないほどに嬉しそうな地原来香の姿に俺は口を噤むことしか出来ない。
「それじゃ、夜に電話かけますね!蓮太郎先輩♪」
「あ、え、うん」
俺は地原来香が立ち去るのを見送る。そして完全に姿が見えなくなった後、手に持っていたスマホが地面に落ちた。今になって先程の出来事が頭の中で整理され、後悔と罪悪感に侵食される。
「・・・明日からどうしよう」
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