二十三話:後輩とエンカウント

「蓮太郎せんぱぁーい♪ おはよーございまーす」


お昼休憩の時間。購買で缶コーヒーと激辛カレーパンを購入した帰り、ちょうど女子トイレから出てきた桃市さんとエンカウントした。緊張のあまり、声は出ずにオマケに目つきも険しくなっている気がする。頼むから唯華のいない時に話しかけてこないで欲しい。マトモに会話できないんだよ、俺は!


「今からご飯なら、フユと一緒にたべませんか?」


「いや、その、これは…」


不覚だった。まさか購買の帰りを知り合いに目撃されるとは。だが、まだ可能性はある。購買で買ったからと言って、昼ご飯と決まった訳では無い。わんちゃん、おやつの可能性も捨てきれない。


然し、


「誤魔化しても無駄ですよー。蓮太郎先輩がまだご飯食べてない事は確認済みなので」


聞き捨てならない事を告げた後、呆然とする俺の片腕を抱き寄せて、「ほらほらー、しゅっぱーつ♪」と何処かへと走っていく。


しばらくして、俺が連れてこられたのは学校の屋上だ。普段は扉が閉まっているため誰も訪れることは無い。然し、真実を言うとここの扉に鍵はかけられていない。なので簡単に出入り可能の筈なのだが、どうやら屋上の扉が閉まっている=鍵が閉まっていると思い込んでしまうらしい。かく言う俺は入学して二日目に、一人になれるスポット探しをしていた際に知った。


・・・屋上ももう終わりか。


一人スポットだった屋上には俺と桃市さんの前に先客が結構いたからだ。ほとんどの顔を見た事ないのと制服の右胸に刺繍された【I】の数字から後輩の溜まり場となってしまったらしい。これで俺の安寧の地は体育館裏と体育倉庫そして男子トイレの個室のみとなった。


「ナツ姉〜、おまたせ〜!!」


「はぁ…。どんなけ私を待たせ・・・るのよ」


屋上のベンチに足を組み頬杖をついて座る女子生徒が俺達の方に振り返り、そして俺の顔を見て、心底嫌そうな表情を浮かべた。流石に顔を見ただけでそんな反応をされるのは辛い。何も酷いことはしていないのだが…。


「ちょっと!冬葉!なんでコイツを連れてきたのよ?! アンタが一緒にお昼食べたいって言うから友達の誘いを断ってきたのに…」


「んー? もしかして二人とも顔見知り?」


桃市さんが人差し指を自身の顎に添えながら小首を傾げる。


「・・・クラスメイトってだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


「--との事だけど、ただのクラスメイト同士にしてはナツ姉からの嫌悪が凄いのは何故です?」


「簡単な話だよ。外見や印象なんでもいい、どこか一つでも気に食わないと思ったら嫌悪するだろ? それと一緒だ」


人間ってのは最初に外見から情報を得る。内面がどれだけ綺麗でも外面が悲惨なら、好んで関わろうと思わない。自分で言うのもなんだが、俺は目付きが悪いし、生き生きしてるかと言えばしてないと言える。だからこそ、嫌悪の対象にされてしまうのも仕方の無いことだと思っている。


「ふーん、要するに蓮太郎先輩のとある面が嫌悪の対象に入ったから目の敵にされてるって事ですか?」


「さぁな。恐らくってだけで、本当の事は夏葉さんにしか分からない」


「との事だけど、ナツ姉は蓮太郎先輩の何処が嫌いなの?」


・・・おっと?直接聞いちゃうの?俺への配慮はゼロですか?なるほど、そうですか。


本人の前で聞くべきではない質問を容赦なく夏葉さんに投げかける桃市さん。


「全部気に入らないけど、強いて言うならその態度かな。何処か余裕そうな達観したような態度が夏葉の神経を逆撫でてくるの」


「・・・・」


まさかの全部気に入らない発言頂きました。そうなるとどうしようもない件。だって存在そのものを否定されたんだもの。


「流石にそれはフユにもどうしようもないかなぁ。ごめんね、蓮太郎先輩」


「・・・え?なんで俺が可哀想みたいになってるの?」


勝手に可哀想な人と解釈された事に納得がいかない。元々謝って欲しいわけでも仲良くなりたい訳でもないのだから嫌われようが妬まれようがどうでもいいから、痛くも痒くもないんだが。


「まぁ、それなら仕方ない。俺は席を外すから姉妹仲良く昼休憩を楽しんでくれ」


俺はそう言って、逃げるようにその場を後にしようとしたが、


「もう待ってくださいよ!蓮太郎先輩!」


「--ぐえっ!?」


首根っこをむんずと掴まれてそのまま重りでも乗ってるのかって位の勢いで下に引っ張られる。それに伴い、首が絞まり、変な声が出る。


我が妹といい背の低い奴らは皆こんな風に呼び止めてくるのか?死んじゃうからやめて頂きたい。


「・・・何すんだよ?」


「いやいや、何帰ろうとしてんですかー。こんなに可愛い後輩と昼休憩なんて人生で1度あるかないかの希少イベですよ?? 折角のチャンスを逃すなんて有り得ませんってば!」


「別にそんな希少イベ求めてない」


桃市さん改め冬葉さんの腕を引き剥がす。頼むから目立つことはやめて欲しいし、関わらないで欲しい。アナタのお姉さんが今にも俺に殴り掛かるレベルの殺意マシマシな視線が背中を突き刺してきて辛いんだよ…。やめてよ…。理不尽極まりないよ…。


「その発言・・・もしや既に可愛い後輩と昼休憩イベは経験済み!? となるとそれを超える希少イベ・・・はっ!もしかして姉妹丼!?」


「・・・馬鹿なのか?」


このままここに居続けると精神的にも肉体的にも疲労が蓄積しそうだ。なんとしてでもこの場から逃げたい。帰りたい。


「はぁ…悪いけど夏葉は帰るから。これ以上、烏杜君と同じ空気吸いたくないし、冬葉のバカ話は長引きそうだしね」


どう逃げようか考えていた矢先に、救いの一言が夏葉さんから告げられた。災いを呼ぶ悪魔と思っていたが実は救いの女神だったのか?と錯覚してしまう程だ。


「じゃ、じゃあ、俺もかえ--」


「それじゃ夏葉がこの場を離れる意味がないでしょ!? バカなの?アンタは?」


「・・・えぇー」


訂正。この女は女神じゃなくて正真正銘の悪魔だ。


「そういうわけだから、アンタは冬葉のバカ話でも聞いてなさい。あぁ、一応忠告だけど、冬葉に手を出したら許さないから」


最後にそう言い捨てて、屋上を出ていく夏葉さん。取り残された俺は盛大にため息をついた後、仕方なくベンチに座って、激辛カレーパンの袋を開ける。帰りたいは帰りたいが、空腹には抗えない。それに今から教室に戻っても、到着した頃には昼休憩終了のチャイムが鳴り響く事だろう。


「せっかくの姉妹丼イベは叶いませんでしたが、気持ちを切り替えてフユとのラブラブイベを堪能しましょうね、蓮太郎先輩♡」


残念残念と全く残念そうじゃない冬葉さんが馬鹿げた事を言いながら、体がくっつくように隣に座り、ピンク色の弁当箱を開けて食べ始める。


「・・・しんどい」


昼休憩終了のチャイムが鳴り響くまで、冬葉さんに無理矢理アーンしてきたりさせられたり、カレーパンを一口取られたり、缶コーヒーの残りを飲み干されたりといったウザ絡みをされたのだった。

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