二十一話:両手に地獄

時刻は18時過ぎ頃。雪國さんと桃市さんを唯華の部屋に招き入れてから一時間ほど経った。コミュ症の俺からしたら3~4時間経過したような気分だ。それ程までに会話するのがシンドかった。まぁ、俺から話すことはなく、聞かれた事や話を振られた時以外は聞いてる雰囲気を出していただけだったりするのだが、それでもシンドいものはシンドい。余りにも2人に伝わっている俺の偏見が完璧超人過ぎて、信じきっているキラキラな目を見る度に吐きそうで仕方がない。一度、部屋から出て気持ちをリセットしたい。


「・・・」


チラッと机に置かれたグラスに目を向けるが、どれを見ても中身のお茶は残っている。オマケに一応用意したクッキーもまだまだ残っており、飲み物のお代わりやお菓子の補充を言い訳にこの部屋を出るのは無理そうだ。どうしたものかと頭を悩ませていると、


「蓮兄!トイレ行ってくるから二人と話してて」


とんでもないキラーパスが唯華から放たれた。


「え?ちょ…まっ」


いきなり見知らぬ地に丸腰で放り出された気分だ。元凶である唯華は制止の声に振り返ることもせず、部屋を出ていく。流石にコミュ症なお兄ちゃんを置いていかないで欲しい。普段なら置いてってくれる方が嬉しいけど、場合によるじゃん…。どう考えても今じゃないだろ…。小さい頃みたいに一人は寂しいからトイレついてきてって頼み込んでよ。お願いしてよ。あの頃がすごい恋しいよ、お兄ちゃんは。


「あ、あの、蓮太郎先輩?」


「・・・何かな?雪國さん」


雪國さんの声に咄嗟なこともあり、素っ気なく返事をする。目付きが死んでいることもあり、圧を感じてないといいが…。


「い、いえ! ただ…蓮太郎先輩は恋愛経験豊富だって…唯華ちゃんから聞いたので…色々と勉強させてもらおうかと」


「・・・・?」


雪國さんの質問に頭の中がハテナマークで埋め尽くされる。恋愛経験豊富??流石に冗談にしては笑えない。俺が恋愛経験豊富なら今頃、コミュ症陰キャみたいな生活は送っていない。恋愛経験よりもぼっち経験の方が豊富だ。唯華には後でお灸をすえないとな。


「わ、悪いけど、そういうのは人から教わ・・・」


「しぐっちナイスアイデア!蓮太郎せんぱぁーい!フユも教えて欲し〜なぁ〜」


言葉を遮って、桃市さんが俺の腕をギュッと抱き寄せて、猫なで声で甘える様に頼んでくる。その際に微かに柔らかい何かの感触とほんのりとした体温に思わずドキッとしてしまう。然し、甘い。コミュ症陰キャだからといって、そんな簡単にデレデレすると思わないで欲しい。コレでも何度も馬鹿な妹や小・中と女子に騙され遊ばれてきた経験はある。なのでこういう経験もあったはずだ…多分。


「あぁ!!蓮兄とフユちゃんがイチャイチャしてる!」


トイレから帰ってきたらしい我が妹君のお怒り声が背後から響いてきた。このタイミングでのお帰りは俺的にはナイスすぎて褒めちぎってあげたいレベルだ。まぁ、口に出して褒めるとそれはそれで調子に乗りそうなので心の中に留めておく。


「はいはい、怒んない怒んない。もう片方が空いてるでしょ、唯華」


桃市さんは唯華をなだめながら、俺の片腕を顎でクイッと指す。その仕草を理解したらしい唯華は俺の片腕を力強く抱き寄せて「ふへへ」と気色悪い声を上げる。


あまりにも嬉しくない両手に花だとつくづく思う。


「はわぁ〜…。恋愛経験豊富だと動じないものなんですね…蓮太郎先輩…すごい」


単純にこの状況が嫌すぎて固まっていただけで、動じてない訳では無い。唯華だけなら無理矢理引き剥がしている所だが、他人である桃市さんを無理矢理引き剥がすのは気が引ける。この危機的状況を脱する手はないだろうか…。


「しぐっちも混ざる?腕は埋まってるからお腹にする?」


「・・・?」


他人様の身体でそういう提案はおかしくない?


「へぇ!?わ、私は・・・」


顔を赤くしてモジモジする雪國さん。何度もコチラをチラッと見ては床に視線を戻してを繰り返し、意を決した様にジリジリとこちらへと這い寄ってくる。そしてあと少しで雪國さんの両手が俺の脇腹に触れる瞬間、可愛さに全振りしたかのような曲が鳴り響く。その音は俺の片腕を抱き寄せる桃市さんの方から聞こえてくる。


「あ、ナツ姉からだ。全くもう・・・いつもいつもタイミング悪いんだから」


桃市さんは盛大なため息をついて、電話にでる。


「どったの〜? ナツ姉?」


『どったの〜?じゃないっての。今、どこにいるの?』


「どこって友達の家だけど?」


『はァ? あんたねぇ、今日は久々にパパが帰ってくるから皆で入学祝いするって言ったでしょうが!早く帰ってきなさい!』


「はっ!? そうだった!ナツ姉!今から爆速で帰るね!!それじゃ!」


桃市さんは何か約束を思い出したのか、通話を切ると自身の鞄を手にして、


「今日はありがとね!唯華!」


「うん!どいたまして」


唯華は俺の腕にしがみついたまま手をぶんぶんと振る。


「それと蓮太郎先輩!」


「・・・ん!?」


「これ私の連絡先なんで、いつでも呼んでくださいね!」


「・・・は?ちょ、ま」


桃市さんに連絡先の書かれたメモ用紙を渡され、状況が理解できない俺を気にもとめず、彼女は部屋を飛び出していった。このまま登録せずに廃棄という手もあるが、それはそれで気が引けるというか。まぁ、登録した所でコチラから連絡することもないし、形式上は登録だけしておくか。


「そ、それじゃ、私も帰ります!」


意を決して俺のお腹部分に抱きつく覚悟だった雪國さんだったが、先程の出来事により恥ずかしさがまた覚悟を追い越してきたらしく、顔を真っ赤にして鞄を手に帰っていった。あっという間な展開に困惑する俺だったが、隣からずっと聞こえてくる不気味なニヤケ声に頭が冷静になり、


「離れろ、アホ」


唯華の顔面を鷲掴みにして、強引に引き剥がした後、部屋へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る