十三話:至福の時間

アリスさんに二時間ほど聞かされた大変大変ありがたいオカルト話は、家に帰った後も頭から離れることがなかった。いつもなら、膝を枕代わりにして眠りこけている唯華を叩き起こす所だが、それをする気にもならない。


「ふあぁ…」


疲労のあまり欠伸が出る。正直、このまま眠りたい。しかし、今の体勢ではなかなか寝づらい。


「こいつは・・・呑気そうに寝やがって」


俺は恨めしげに唯華を睨み、軽くデコピンをかまそうとしたタイミングで、床に置いていたスマホが着信音を鳴らす。


「・・・誰からだ?」


スマホを手に取り、画面を確認する。そこには、『夜羽アリス』と表示されていた。こんな時間になんの用事だよ、とため息をつき、無視するのも最低だろうと思い、電話に出る。


「えっと、もしもし」


『さ、さっきぶり。れ、蓮太郎…君。…ひひっ』


家族以外の異性とこうやって電話するのは凛花さん以来か。用件はなんだろうか。もしかして…またオカルト話か?さすがにそれは拷問だろう。家でくらいゆっくりさせて欲しい。


「う、うん。そ、それでどうしたの?」


声がちょい震えてるのは許して欲しい。他人と話すのは苦手なのだ。しかも一対一とか無理ゲーすぎて吐く。


『た、大した用件…じゃないんだけど…。オ、オカルト部に…は、入ってくれる気に…なった?』


「あ、えーっと」


なんて言うのが正解か分からない。不安げな感じで尋ねられると断りづらい。と言うよりも他人の頼み事を断ればどう思われるのかが分からなくて怖い。昔から頼みを断ってそれでも仲良くしている人達が不気味で仕方なかった。喧嘩だってそうだ。『友達』というものが分からない。


「か、仮入部…でよければ」


思ってもないことを口にする。この曖昧な言葉が正解なのか不正解なのかも分からない。でも、きっとハッキリというのが本当は大事だと思う。それでも他人を傷つけることはできない…。


『ほ、ほん…と? う、嘘…じゃ…ない?』


俺の返答にアリスさんの声の感じが少しだけ嬉しそうに感じた。その反応に俺も安心する。彼女とは図書委員として今後も関わるために関係を悪くするつもりは無い。ギクシャクした関係なんて耐えられるわけが無い。無理すぎて吐く。


「あ、あぁ。嘘じゃないよ」


『う、うん。 あ、ありがとう…蓮太郎君』


「あ、あぁ」


『そ、それじゃ…また明日…』


礼を最後に通話が切れる。俺はスマホを床に置き、天井を見上げる。入りたくないという本心をひた隠すことは最低な事で胸が締め付けられる感覚に襲われる。吐き気がする。でも、俺はそういう場面での他人が傷つかずに済む解を知らない。傷つける方法しか存在しないなら、自分だけが傷つく方法を手に取る。他人は傷つけず自分を傷つけるのが俺のスタイルだ。


「さて…そろそろ洗濯物取り込んで、夕飯のメニューでも考えるとするかな」


グッと伸びをしながら時間を確認。もうそろ仕事終わりの母さんと父さんが帰ってくる頃だ。因みに両親2人とも同じ職場で働いていたりする。その職場は相堂中学。俺達も通っていた母校だ。父さんは社会の教師で、母さんは国語の教師。お陰で、俺と唯華は国・社だけ成績が良かったりする。その代わりに英語がボロボロだ。全く理解できない。日本人なんだから英語なんて要らないだろうと悲しくなる。


「おい、さっさと起きろ。寝坊助」


膝枕で眠りこける唯華の頬を平手で軽く叩く。


「うぅ~ん。あと五分〜」


「はぁ…ダメだっての。このままじゃ、俺が母さん達に叱られるだろ」


イヤイヤと駄々をこねる我が妹の姿に心底呆れてしまう。もう高校生になったというのにいつまで子供のままでいる気だ? そもそも妹に甘えられて嬉しい兄なんてのは希少種と言ってもいい程に見た事がない。俺は甘えて欲しいと言うよりも兄離れして欲しい派である。


「やぁ〜だ〜。あと、十分〜」


「延びてんだろうが…バカ」


両頬を掴んで、横に引っ張ったり軽く抓ったりしながら怒る。それでも全く起きようとしない。無理矢理起こしてもいいが、後々めんどいことになるなるのは身に染みて分かっている為、行動に移すことは無い。結局、唯華が満足するまで待つしかないというわけだ。


「・・・仕方ない。俺も寝るか」


正直、疲労が凄かった為、眠気が相当来ていた。それにスマホにまだ帰る連絡が届いてないみたいだし、三十分くらいなら寝ててもいいだろう。俺は大きく欠伸をした後、瞼を閉じた。そして徐々に意識が薄れていき・・・。


------


「・・・蓮兄?」


私は蓮兄が完全に眠ったのを確認する。本当は数分前には起きていたけど、敢えて眠ったフリをして油断させていた。というのも、蓮兄はあまり隙を見せないから、睡眠中が私の至福の時だ。ソーッと蓮兄を起こさないように膝から頭を離して起き上がる。そしてスマホを取り出し、カメラを起動!!


「むふふふっ…」


自分でも気持ち悪いなと思うような声を発しているが、そんなことは気にしない。だって、いま家にいるのは睡眠中の蓮兄とカメラを構えた私の二人っきりなんだから!!


「蓮兄…蓮兄…蓮兄…。ハァハァ…。蓮兄の寝顔可愛いよお…。可愛すぎて食べちゃいたい」


シャッター音の聞こえないカメラアプリを使って連写しまくる。全く現代技術というものは凄い。シャッター音を消せるなんて蓮兄を盗撮し放題だよ!!ありがとう!アプリ設計者様!


「むふふ…。次はどの部位を撮ろうかなぁ。蓮兄のうなじ?鎖骨?それとも…ごくり」


私は蓮兄の身体をじっくりねっとりと舐め回すように眺め、ある一点で視線を止める。そこは蓮兄の蓮兄ジュニアがある部位。小・中の蓮兄ジュニアは知っているが、今の蓮兄ジュニアを知らない為、成長ぶりを知りたいという欲に駆られる。


「久々の蓮兄ジュニアの様子は・・・どうかなーっ」


蓮兄が起きないかというドキドキと蓮兄ジュニアが見たいワクワクが混じった状態で、ズボンのチャックに触れる。ゴクリっと唾を飲み込み、いざいかん!っと下げる瞬間、床に置いてある蓮兄のスマホから着信音が鳴り響いた。


「・・・うわっ!?」


私はズボンのチャックから手を離し、後ずさる。


「・・・んぁ?起きたのか?唯華」


驚いた私の声に蓮兄が目を覚ます。このタイミングで着信音だなんて!まだパパとママは帰ってこないは・・・結構夕方じゃん!?二人とももうそろ帰ってくるじゃん!もー!私のばかばかばか!どんなけ蓮兄の寝顔を撮ってたの!撮影ペース考えないとでしょ!!


「何やってんだ、お前?」


「はっ!?」


撮影ペースを考えれずしくじった自分自身を叩いて戒めていた私を見て、蓮兄が困惑した顔をしていた。いかんいかん!取り乱したらバレてしまう!


「あ、あははは!まだ寝ぼけてるのかも!か、顔洗ってくるね!」


私はそう誤魔化して、部屋を猛スピードで飛び出した。そして廊下の壁にもたれ掛かる。


「バレたら・・・嫌われちゃうよね…。絶対…」


私はこの至福の時間だけは絶対に隠し通そうと再度誓った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る