五話:帰り道

教室を後にした俺は唯華と凛花さんと共に帰り道を歩いていた。朝と同じく彼女は俺達と途中までは道が同じの為、せっかくならと唯華が一緒に帰ろうと誘った感じだ。まぁ、誘わないという選択肢はそもそも妹の頭の中に無かったのだから俺がとやかく言う理由はない。


「・・・」


ぼーっとしながら歩く俺の横では、唯華と凛花さんが楽しく談笑中だ。所々を聞く限りでは、担任やクラスメイトについての事らしい。相堂学園は別段ほかの学園と違う所はなく、教師も合法ロリやエッチなお姉さん系教師とか男子高校生の願望詰め合わせセットの様な人はいない…と思う。断言できないのは、俺が教師と授業関連以外で関わった事がないからだ。まぁ、ホントに男子高校生願望詰め合わせセット女教師がいたら少しだけ学園生活も楽しいかもと思ったりしなくもない。と、そんな上の空の中で、ふと視線を感じた。


「・・・ん?」


視線を感じた方に顔を向けると、膨れっ面の唯華と呆れ顔の凛花さんがこちらを見ていた。・・・何かあったのだろうか? 状況が読み込めない俺は首を傾げる。その行動が更に火に油を注いだのか、唯華が拳で叩いてきた。しかもアニメや漫画のような可愛らしいポカポカパンチではなく、ガチめの痛いストレートでだ。ちょっと理解し難いのだけど、文句を言うと更なる怒りを買うはめになると察した俺は、とりあえず謝罪をすることにした。


「えっと…話聞いてなかった。すまん」


謝罪と共にしっかりと頭を下げる。話を振られたことにもと言うより話を振られると1ミリも思わずに上の空だったのは確かに俺にも落ち度はある。然し、さっきまで1度も話しかけて来なかったのだから話しかけてこないと考えるのは仕方のないことだと思う。それを一方的に俺が悪いというのは些か理不尽極まりない話だ。


「もう!いっつも上の空なんだから、蓮兄は!」


唯華は腕を組んでそっぽを向く。どうやら拗ねてしまったらしい。こうなってしまうと機嫌が治るまで相当時間がかかる。助けを求めるように凛花さんに視線を送るが、指先でバツを作って拒否られた。オマケに口パクで『自業自得です!』と叱られた。なんともしっかりした子だと感心する。


「・・・はぁ。機嫌直せって、唯華」


ため息をついて唯華をなだめにかかるが、そもそも顔を合わせてくれないし、凛花さんの背後に回り込むせいで接触もできない。これではどうしようもない。


「顔ぐらい合わせろって!唯華!」


「ふんっ! たとえ大好きな蓮兄の頼みでもイヤだもんね!べえーっだ!」


普段はしつこい程にベッタリしてくる唯華だが、こういう時だけはめちゃくちゃ頑固だ。時間が解決してくれるとも言うが、家に帰れば父さんに「愛しの唯華ちゃんがなんで不機嫌になってるんだ!またなにかしたのか、蓮太郎!!」と叱られるに決まっている。いい加減あの親バカ(妹限定)は子離れしろと思う。というか最大の問題は母さんがそんな父さんや俺らの姿を面白がっているのが悪い。


「ったく…どうしたらいんだよ」


心底面倒臭いと思いながら、頭を悩ませる。いつもいつもメンタルを削られる俺の気持ちを分かって欲しいものだ。


「・・・分かったよ。今週の土曜に遊びに連れてってやるから、機嫌治してくれないか?」


俺は正直言って休日の外出ほど嫌いなものは無い。だから普段であればこんな事を口にしたりしない。今回は機嫌を治してもらうために仕方なく言っただけだ。前回、機嫌を損ねた時は『一緒に寝る』事で許して貰えたし、唯華と俺が小学生の時は『一緒に風呂に入る』ことで何とか凌いできた。ただ、中学生からは一緒に風呂に入る事も一緒に寝る事も個人的に無理過ぎて何があってもそれだけは約束しないようにしている。その場しのぎの嘘で使うのもいいだろうが、俺は嘘はつかないと決めている。嘘は人を傷つけると知っているからだ。


「うぅ・・・・もう一声!」


唯華がそう声をあげる。どうやらもう一押しで機嫌が治るらしい。やはり唯華は少しちょろい気がしてならない。今後が心配だったりするが、今の所はブラコンのため問題は無いだろう。土曜日だけでなく日曜日まで外出になるのは勘弁して頂きたい。そうなると何が唯華にとって嬉しい事かを考えなければならない。ゲームを一緒にやるのはいつもの事だし、勉強は嫌がるし・・・。


「えっと・・・ゆいゆい? いきなりどうしたの?」


何も思いつかず頭を悩ませていると、凛花さんが戸惑った声をあげた。俺はそちらに顔を上げると、唯華がジェスチャーをしていた。最初に自身の頬に合掌した手を添えて眠る動作をし、続けて前髪をかきあげ額と自身の唇を交互に示す。


「・・・嘘だろ」


俺はジェスチャーの答えを理解し、天を仰ぐ。何故、機嫌を治してもらうために『おやすみのキス』をしなければいけないのだろうか。寄りにもよって実の妹相手に。ましてや、少女漫画のようにイケメン陽キャがしてくれそうな行為を非モテ陰キャの俺にやらせること自体が間違いでしかない。絶対にそんな事はお断りだ。


「ゆ、ゆいゆい!? そ、それは…兄妹がするような事じゃないよ!? 考え直して!」


凛花さんが顔を真っ赤にして唯華の体を揺する。これが正しい反応だと思う。頼むからこのまま諭されて諦めて欲しい。絶対に『おやすみのキス』は回避したい。想像するだけで寒気がする。


「大丈夫だよ!りんりん!! 兄妹関係なんて愛の前では些細なことなんだよ!!」


唯華は胸を張って堂々と大声で宣言した。なんとも頭の悪い言い分だ。説得力が一切ない。こんな事で納得する奴は単なるバカか、特殊性癖持ちだけだろう。家族としての愛ならあるかもしれないが、1ミリも異性として愛したことは無い。そもそも妹に惚れるほど落ちぶれていない。


「冷静になって!ゆいゆい!!血の繋がりは些細なことじゃないよ!? 大事な事なの!実の兄妹で付き合う事も結婚することも出来ないんだよ!?」


「りんりん、落ち着こ? 近所の人に怒られちゃうよ?」


「落ち着くのはゆいゆいの方だよ!? ほら、お兄さんも!ゆいゆいに言ってください!!」


急に話を振られる。言ってくれと言われてもこの感じだと俺が言った所で意味が無い。唯華は俺の発言が照れ隠しだとしか思ってない為、何を言っても『照れなくてもいんだよ、蓮兄♡」って返されて終わりだ。


「えーっと、とりあえず菫さんに迷惑かけんな、アホ」


「・・・いたっ!?」


俺は唯華の頭を軽く小突く。本当なら怒るべき場面なのだろうが唯華コイツがこうなったのには俺にも原因がある。


「・・・はぁ。甘いなぁ、お兄さんは」


何故か凛花さんが呆れる様にそう呟いた。自分の中ではそこまで甘くないと思っていたが、傍から見ると唯華への俺の対応は甘いのだろうか? そんな俺の甘さ(?)を知ってか知らずか唯華は小突かれた頭を擦りながら『蓮兄〜!痛いから撫でて!さすって!』って涙目でわがままを言う。その姿は高校生とは思えないし、近所の人に見られたら凄い恥ずかしい。そう考えた俺は大きくため息をついた後、唯華に謝る事にした。


「小突いたのは悪かったから、早く帰るぞ」


「じゃあ、おんぶ!!」


下手に出た俺に対して、唯華は両手を広げて、幼子の様にねだってきた。


「「は?」」


流石に予想のできなかった唯華の発言に、俺と凛花さんの声が重なる。ただ、無視すればこのままの体勢でいるのだろうと嫌な未来が浮かび、俺は唯華に背を向ける形でしゃがみ込む。


「おんぶしてやっから、さっさと行くぞ」


「うん!蓮兄大好き!!」


「はいはい。嬉しい嬉しい」


唯華が密着してきたのを確認して、俺はおんぶ姿勢のまま起き上がる。昔はよくおんぶしてやったが、まさか高校生にもなってするとは思わなかった。そんな俺達を見て、凛花さんは先程よりも呆れた表情で地面に落ちている唯華の鞄を手に取るのだった。

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