三話:神谷幹人 ①

「それじゃ、変に目立ったりすんなよ、唯華」


無事にと言うか大した問題もなく学校に着いた俺は唯華にそう注意喚起をしておく。ここ相堂学園は4階建ての構造となっており、一階には一年教室と保健室、自習室があり、二階は二年教室と図書室・職員室。三階は三年教室と反省室で、四階には体育室と各室内運動部室が存在する。そしてその4階建てのメイン棟の他に、食堂と部室棟等の設備がある。俺は二年のため、目立つ可能性のある唯華を監視しておくことが出来ないので、恐らくというか絶対に面倒事に巻き込まれるだろう。


「もう!蓮兄はわたしをなんだと思ってるの?」


膨れっ面の唯華が俺を上目遣いで見てくるが、そんな事は知らない。いつからコイツは可愛さを武器にあざとい行動に出るようになってしまったのか。兄である俺としてはただただ悲しい。父さんや他の男共は騙せても俺には効かんぞ、バカ妹。


「なんだとって、面倒事製造機だよ」


「な、なにそれ!蓮兄なんて知らないんだから!行こ!りんりん!!」


「う、うん!」


率直な俺の言葉に唯華は顔を真っ赤にして、凛花さんと共に1年教室へと向かっていった。その背を眺めながら、


「・・・なんで怒ってんだよ、あいつ」


怒られた理由がわからず困惑しつつも、二年教室へと向かう。階段を上がりきると、既に沢山の生徒達が廊下の壁に貼られているクラス分けの紙を見て、喜び合ったり悲しんだり興味がなかったりと色んな反応を示しているのが見えた。かく言う俺はどのクラスだとしても一人ぼっちなのでクラス分けにドキドキもワクワクもしない。


「混んでるし、暫く待っとくか」


ぼっち陰キャな俺は人混みが苦手である。昔からという訳では無いのだが、複数の人と接する機会が減りすぎると嫌々でも苦手意識が染みついてしまうらしい。不思議なものだ。とはいえ、待つのは良いとしても、この暇な時間を潰す方法がない。友達はいないので会話もできず、ゲームの持ち込みも当然ダメ、スマホで音楽を聴くのもありだが、寄りにもよって今日はイヤフォンを家に忘れてしまった。よって、することが無い。さて、どうしたものかと考えてみるが何も思いつかないので窓から外の景色を眺める事にした。


「・・・」


青空を鳥が自由に飛んでいる光景。それを見て、思ったのは自由ってなんだろうなと言うことだ。自由になりたいと思っても、そもそも法がある時点で自由とは言えないし、意外と自由な人の方が生き辛いのかなと思う。と、そんな事を考えている間に、廊下にいるのは俺だけになっていた。


「確認しに行くか」


俺は廊下の壁に貼られているクラス分けの紙の元に近寄り、自分の名前を探す。次々と知らない生徒の名前が羅列していき、やがて自分の名前を見つける。然し、二年にもになって、同級生の名前を覚えていないというのは本来なら致命的な事だな、と思う。因みにクラスは去年と同じでCクラス。面倒なことがおきなければいいが・・・。


「・・・ねむい」


教室に着いた俺は決められた席に座り、欠伸をする。昨日は入学式の準備ということもあり唯華の手伝いをやらされていたので余り寝れていない。だから教室に着いたら寝ようと思っていたが、悲しい事に今日は入学式だ。ガララッと教室の扉が開き、恐らくCクラス担当の教師が入ってきた。


「皆さん、おはようございます。私はCクラス担任の杏珠あんず 刻見ときみと言います。今後ともよろしくお願いします」


目測28~30辺りの年齢だろう。身長も中々高めで申し訳ないがスレンダー体型という感じだ。ちょっとキリッとした感じのできる系お姉さんみたいな雰囲気だ。


「さて、早速ですが名前順で廊下に一列で並んでください。私語は厳禁ですので気をつけてくださいね」


刻見先生はそう言うと一足先に廊下に出る。それを皮切りにクラスメイト達がぞろぞろと教室を出ていく。ちなみに俺はその流れに合わせている。流れに逆らうのは目立ってしまうので、目立たない様に人に合わせる事だけは得意である。ただ、問題はクラスメイトの名前を知らない点だ。こんなバラバラで出られてしまっては前の席の人と後ろの席の人の顔も名前も分からない。


「・・・終わった」


俺は覆しようのない絶望に打ちひしがれる。だが、どんなけ絶望した所でクラスメイトや教師が待ってくれるわけが無い。案の定、


「そこの君、早く列に入りなさい」


刻見先生に叱られてしまった。最悪である。お陰でクラスメイトの視線が俺へと向けられた。最悪オブ最悪だ。皆、「こいつ誰だ?」みたいな顔をしている。すごい辛いんですけど??


「なぁ、間違いだったらすまねえけど、お前の名前って烏杜蓮太郎だろ?」


唐突に知らない男子生徒が声をかけてきた。俺は驚きのあまり、その声がした方に振り返ると、そこにはやはり全く見覚えのない男子生徒がいた。


「あれ?もしかして違ったか?」


固まったまま返事をしない俺を見て、その男子生徒は頬を指でかいた。心の底から見覚えが無さすぎて名前を呼ばれた事に驚愕するのは仕方の無い事だと思う。ただ、かなり目立ってきた気がするので、「あ、そ、そうです」と緊張感丸出しで言葉を返す。すると、その男子生徒はニカッと笑顔を浮かべて、


「いやぁ、よかったよかった。ほら、お前は俺の後ろだぜ」


「あ..っす」


俺は軽く会釈して、その男子生徒の後ろに並んだ。そしてそれを確認した刻見先生は軽くため息をついた後、


「私語は謹んで私についてきてください」


そう告げて、入学式が行われる体育室へと先導し始めた。

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