六、イッツ・ショウ・タイム
家族
幼年期に過ごした港町は奇妙な懐かしさを持ってリカルドを受け入れてくれた。
古くから外国人を受け入れていた長ヶ崎は、年季の入った西洋風建築物も多い。十字架の付いた天主堂を見上げながら、リカルドは離れた場所にいる二人を思った。
(鈴花は泣いているかな……。まあ、朔がいるからきっと大丈夫だろう)
文句を言いながら鈴花の面倒を見る朔の姿を見るたび、リカルドは安堵していた。これで俺がいついなくなっても問題ない、と。
鈴花を拾った理由も朔のためという理由が大きかった。
リカルドがいなくなったあと、自暴自棄になったりするようなことは決してないだろうが、一時的に存在理由を失ってしまうのは明白で。その空白を埋める存在として鈴花は理想的だった。料理や手妻、二人が交流を深めていく様子を微笑ましく見守り、恋愛をほのめかすようなことを言ったりもした。
(なのに、俺の方に来るなんて、鈴花は本当に趣味が悪いね)
優しくするたびに頬を赤らめ、そして次の瞬間には不安そうに瞳を翳らせる姿にはちょっぴり嗜虐心が湧いた。リカルドのことを好きになって、しかし想いは叶わず……、そこを朔が慰めて、めでたしめでたしだ。二人は支え合って生きていくだろう。悪者はこのまま消える。
『リカルドさん!』
好意を寄せてくれていた鈴花の笑顔が脳裏にちらついた。
ああ、もっと。甘いものをうんと食べさせて、食べるたびにリカルドと過ごした記憶が蘇ってくるようにしてやれば良かった。
幸せになってくださいね、と物分かりの良い顔で言われた時の、あの、落胆。いったい、俺はあの子に何を求めていたというのか。
――おまえなど、孫ではない!
幼い頃から祖父に詰られ続けたリカルドにとって、家族とは忌むべきものだった。
溺愛していた娘が、どこの馬の骨とも知れない男との間に身籠った子。娘を唆した男の血を引くリカルドは、完璧主義者の祖父にとって「恥」で「見たくもないくらい憎らしくて」「ゴミ同然」だった。
――だったら、俺を手放せばいいのに。
孤児として放逐してくれた方が幸せだったように思うが、祖父はリカルドを手放さなかった。
他家に嫁がされたことに絶望して命を絶った『可愛い愛娘』の子どもだからだ。祖父にとってリカルドは愛憎の塊――そう、笑ってしまうくらいに、彼はリカルドを愛したくても愛せず、憎むことで娘を追い詰めた自分を忘れようとしていたのだ。
その祖父が亡くなった。探偵からの報告書には『命よりも大切な宝物』をしまってある金庫は、遺された家族が鍵師を呼び寄せて開けさせたと書いてあった。鍵などなくても開けられてしまった。中身は――死んだ娘の写真や遺品で、金目の物は無かった、と。
求めていた『宝物』は実にくだらなく、苦しんで死ねと思っていた祖父はとうに死に、待つ人も帰る目的もない故郷はリカルドにとって帰るべき場所ではなくなった。
血の繋がりが何だと言うのだ。
リカルドと朔と鈴花。血の繋がりのない三人が食卓を囲んでいると時間の方が、よっぽど家族らしいひとときだった。
曇天の空に、汽笛が重苦しく響く。
(……いっそ、新大陸にでも渡るかな……)
名前ならまた作ればいい。経歴も。そうしてあてどなく漂い、どこか適当なところで野垂れ死ぬのかと思うたび、浩戸で過ごした穏やかな日々を思い返すのだろうか。
「リカルドさん」
幻聴が聞こえた気がして振り返ると、そこには信じられない二人がいた。
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