少女


 ◇


「……何だおめえ、おかしな面しやがって」

「えっ⁉」


 佐々木に睨まれた鈴花は、思わず自分の顔を覆ってしまった。


 ミルクホールに出かけて以来、リカルドは家の中では「俺」という一人称を使うようになった。僅かな変化だが、リカルドとの心の距離が近づいたみたいで嬉しかった。


 見世物小屋の手伝いに行けなかったことを朔に詫びると、「手伝ってくれと頼んだ覚えはないけど」とばっさりやられたあげく、「オルゴールの件に集中しろってことだろ」と影でリカルドの方を顎で示され、ぐうの音も出なかった。


 ……そうだ、リカルドや朔にしてみれば、頼んでもいない小屋の手伝いよりもオルゴールの件の方が重要で、鈴花たちはそのために浩戸に滞在しているのだ。


 鈴花が出来ないなら彼らは別の方法で佐々木との接触を試みるだろう。


 恋に浮かれて、ふわふわとしている場合ではないと気を引き締めてやってきたはいいものの――おかしな顔と言われてしまうとは。


「心ここにあらずなら帰れ。見舞いなんか頼んじゃいねえんだから」


「まーまー、佐々木さん。若い女の子相手にそんなにツンケンしなさんな。お嬢ちゃん、今日は何か面白いネタはあるのかい?」


 向かいのベッドの男が取り成しに入ってくれる。


 病室には佐々木とこの男の二人だけだ。奥のベッドを使っている男は席を外しているらしく、薄い掛布団が乱雑に畳まれて足元に寄せられている。


「もちろんです! 今日はこの西洋カルタを使います」


 扇形に広げたカルタの一枚を佐々木に選ばせ、鈴花に見えないようにもう一人の男と確認してもらう。引いた一枚を束の中に戻してもらい、鈴花はぎこちない手つきでカードを切った。戻した位置が完全にわからなくなるくらいになったところで、鈴花は広げた手札の中から一枚を選び出した。


「さっき選んだのはこの絵札ですね?」


「おおー、正解だ」

「フン、コッソリしるしでもつけたんじゃねえのか」


「ついてませんよ。ほら、確認してもらっても構いません」


 そこへ、ちょうど席を外していたもう一人の同室の男が戻ってきた。若い娘を伴っており、向かいのベッドの男が気安く手招いた。


「お、チカちゃん。いいところに」


 娘と一緒に入ってきた男も、鈴花の方を手で示した。


「知佳子、この子だよ。この間手妻を披露してくれたお嬢ちゃんだ」


「あっ、佐々木さんを脅かせたっていう子? はじめまして。佐藤知佳子と申します」


 少女は鈴花と同じくらいの年頃ですらりと背が高く、腰を折って美しいお辞儀をした。


 剣道や武道を嗜んでいそうな綺麗なお辞儀だ。七宝模様の着物の帯留めに使われている青い玉飾りが彼女の凛とした雰囲気を引き立たせている。


「はじめまして。ええと、わたしは……、すず、と申します」


「すずちゃんね。ねえ、今日も何か手妻を披露したの?」


「おう。今日はそこの西洋カルタを使った手妻を披露してくれたぞ」


「ええー、いいな。あたしも見たーい!」


 わくわくした顔で詰め寄られてしまう。佐々木はうっとおしそうな顔でシッシと手を振った。


「娘っ子同士でやってろ」


「ふふ、佐々木のおじさんとすずちゃんが根競べ中なんでしょ? おじさん、今日の手妻は合格だったのかしら?」


「……こんなもんじゃオルゴールは譲れねえよ」


 そっけない佐々木の態度にも知佳子は快活に笑う。


「すずちゃん、あたしにも見せて?」


「う、うん! じゃあ……」


 鈴花は先ほどと同じ要領で絵札を選ばせたが、「この西洋カルタ、本格的ね。本町の奇術師さんが使っている物みたい」と言われてギクリとした。


「奇術師ぃ? 誰だそりゃ。新手のまじない師かなんかか」


「お父さんたちは知らないわよね。本町通りの見世物小屋に、すっごくハンサムで西洋手妻を披露する男の子がいるって評判なのよ。若い女の子たちに人気なんだから」


「なんだ。じゃあお嬢ちゃんもそのキジュツシとやらの追っかけで、その真似事をしてんのか?」


「……い、いいじゃありませんか。面白そうだなーって思って、練習中なんです」


 入院中で流行りに疎いおじさんたち相手なら「ちょっと珍しい西洋手妻」で押し通せたが、朔との繋がりを言い当てられてしまったようで内心慌てる。


 鈴花はわざと知佳子が選んだカードとは違うものを指摘した。あくまで見様見真似の手妻で、素人の失敗に見えるように。


「なーんだ、さっきのはまぐれかい、お嬢ちゃん?」


「うっ、おかしいですね……」


「じゃ、もう一回やってみてよ」


 知佳子にねだられたが、今日は不調だからと断った。


 あまり朔との関係を大っぴらにしたくない。知佳子やその友人たちと、うっかり男装姿で奇術小屋でばったり……なんて事態になったら面倒だからだ。なぜ男装しているのか、母親が入院中なのではなかったのか、など、芋づる式に嘘がばれたら大変だ。


 帰ろうとすると「下まで送るよ」と知佳子がくっついてくる。


 警戒する鈴花に、

「ねえねえ、すずちゃんは本町にいる奇術師さんの恋人なの?」

「恋人⁉」

 ずばりと朔のことを聞かれてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る