追尾

 ◇


「本当、ばっっっかじゃねえの⁉」


 冷ややかな朔の声に、鈴花はうぐっと声を詰まらせる。


 朔と共に見世物小屋に荷物を運び入れる道すがら、朔から「病院押しかけ奇術師ごっこ」の話を蒸し返された。リカルドの目がなくなった途端これだ。伊達眼鏡ごしに呆れた視線を送られる。


 朔は帝都にいた時と同様、目立たぬように地味な装い。鈴花の方も男装姿だ。


 弟子の変装をしている手前、鈴花も荷物をしっかり持たされている。


「お前、この間の俺の話聞いてた? しっかりリカルドに利用されてんじゃねえか」


「……利用されてません。自分の意志で手伝ってます」


「だーかーら、そう思わされてるんだって。どうせ、同情を引くようなことでも言われたんだろ。『俺は祖父に虐待されて……』って話か?」


 図星を突かれる。


「どうして……」


「俺も拾われてしばらくしてその話を聞かされたし。同情したし。共感した。……で、後からその判断は間違いだったのかもって思った。あいつはあくどいことも平気でやってのけるし、案外、あいつがジジイを締め上げてたのかもしれねえぞ」


「えっ? あの話、嘘なんですか?」


「知るかよ。あの男が、そう簡単に手の内を見せるわけないだろ」


 そう言われるとそうかもしれないが……。


「……仮に騙されていたとしてもいいです。朔さんだって、騙されてるかもって思いながらリカルドさんに協力してるじゃないですか」


「俺は金貰ってるからいいんだよ」


「それだけじゃないですよね。奇術はリカルドさんの指示で習うことになったんでしょう? 恩を感じているからとか、お金のためだけじゃなくて、リカルドさんのことを案じる気持ちがあるからじゃないですか?」


「そんなふうに見えてるなら、お前の頭の中はお花畑だな。この馬鹿」


 気分を害したらしい朔に歩調を速められ、鈴花も追いかけるように足を動かす。


「さっきから馬鹿馬鹿言わないで下さい。馬鹿って言うほうが馬鹿なんです」


「うるせえな、もう奇術教えねえぞ」


「あっ、そんなのずるいで――」


 突然立ち止まった朔の背中に衝突する。


 どうしたのかと思えば、見覚えのある鷲鼻の男が見世の前をうろついていた。


 男や朔や鈴花に気づいたものの、声をかけては来なかった。二人はしれっとした顔で裏口に回って中に入る。心配になって思わず内鍵をかけてしまった。朔も少し警戒している。


「……あの人、リカルドさんが連れて来た人ですよね?」


 手帳を失敬して情報を抜き取った男だ。


「もしかして、手帳を見たことに気が付いたんじゃ……」


「さあな。リカルドを待ち伏せしているつもりなのかもしれない。万が一、声を掛けられたとしても『何も知らない』ってとぼけておけよ」


「はい……」


 不安そうな鈴花の頭をくしゃりと撫でられた。


 兄のような仕草に安堵の笑みがこぼれる。なんだかんだ文句を言いつつも朔は面倒見が良くて優しい。


 しばらく経つと男はいなくなっていたのでほっとした。午前の客の中にもいない。リカルドが見当たらないのできっと帰ったのだろう。


 午後は四時から。鈴花はその間に病院へ顔を出すために、一度オルブライト邸まで戻ることにした。早足で歩く鈴花が何気なく振り返ると――鷲鼻の男と目が合う。


(……さっきの人……?)


 そんなまさか。

 もう一度振り返るのが怖くてガラスのショウウインドウが並ぶ通りの方に足を向けた。


 一瞬、足を止め、前髪を直すふりをして背後を窺う。


(いる……!)


 つけられている。鈴花は歩調を速めた。


 どうしよう、このまま真っ直ぐ屋敷に帰ったらまずいだろうか。だとしても、追っ手を上手く撒けるほどこの辺りの裏道に精通していない。目的もなく大通りを歩く鈴花の肩に手がかけられる――


「きみ、待ちなさい」


 叫び声をすんでのところで飲み込んだ。


 やはり追いかけてきたのは鷲鼻の男だ。午前の部の客にはいなかったし、見世物小屋を出る前に朔が周囲をぐるりと確認してくれたが、その時にはどこかに隠れていたのだろう。


「な、なんでしょう?」


「きみはあの見世物小屋で働いていた子どもだろう。リッツ・オルブライトという男がパトロンだと聞いたが、今日はいないのかね」


「は、はい……。リッツさんは毎日いらしているわけではないので……」


「そうか。きみは今から食事か?」


「ええと、はい。そんなところです」


 とぼけておけと言われた朔の忠告を守る。


「だったら、私に付き合わんかね。良い飯屋を知っている」


(え?)


 なぜ鈴花が食事に誘われるのかよく分からないが、もしかしたら鈴花を懐柔してリカルドの情報を引き出そうとしているのかもしれないと警戒した。


「申し訳ありません。用事があって、少々急いでいるので」


「まあ待ちなさい」


 礼儀正しく断りを入れようとした鈴花の手を男が掴む。その強い力におののき、本能的に危険を感じた。


「ずいぶん細いな。いくつだ」


「じゅうろ……いや、十二歳、です」


 シロの設定を急いで頭に思い描いていると、


「十二か。肌も白くてかわいいな」


 むんずと尻を掴まれてキャアッと声を上げた。男はぎょっとした顔をする。


「なんだ、その声。女か⁉」


 鈴花は男を振り払って走り出した。待ちなさいと言われたが待つわけがない。


(女か⁉ って。じゃああの人は少年だと思ってお尻を触ってきたの?)


 食事に誘って、鈴花をどうするつもりだったのか。


 ぞぞぞ、と寒くなりながら大通りまで駆け戻ると、誰かに腕を掴まれる。再び叫びそうになったところを落ち着かせるように抱きしめられた。

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