策士


 ◇


 本町通りは海の近くにある大きな通りで、珍しい輸入品や商人で賑わっていた。


 鈴花は朔の弟子としてくっついて回り、ビラ配りや暗幕を吊る準備を手伝った。客を入れてショウを行うようになると、回と回の間にゴミ拾いや掃除もする。


 ここでも朔の美貌と奇術は女学生たちに大人気だった。


 ステージに立つ朔は別人のように凛々しく、自信に満ち溢れていて、女性を喜ばせる世辞もお手の物。彼曰く「営業用」の顔だ。


 男装姿で入れ替わり立ち代わりやってくる女学生を見送りながら、鈴花は以前のように彼女たちを羨ましいと思わなくなっていることに気が付いた。


(結局、ないものねだりだったのかも)


 女学校に行きたかったわけじゃなくて、ただ、なんとなく女学校に行けば素敵な事件や出会いがあるような気がしていただけ。帝都行きの電車に乗ったのもそんな漠然とした理由だった。


 中身のある何かになろうともがいていた日々。今はかりそめでも自分の役割がある。


(……朔さんもそうなのかな)


 お金で雇われた関係だとしても朔はまめまめしい。食事や家事など、率先してリカルドの世話を焼き――彼は、自分の居場所を守っている。おべっかを使うなと言われたのも、もしかしたら鏡写しの自分を見ているようで不愉快だったのかもしれない。



 リカルドはこちらに顔を出したり出さなかったりしたが、興行三日目に壮年の男性を連れてやってきた。鷲鼻で強面のおじさんだ。黒い洋物のかかえ鞄を持っている。


 二人は客がほぼいっぱいになった小屋の一番後ろの席に並んで座った。出入口のところにいた鈴花をリカルドは当然のように無視したし、鈴花も素知らぬ顔をする。男の方は鈴花に目を向けたが、女だとバレやしないかとヒヤヒヤした。


 出入口に立ちながら、そっと二人を観察する。


 ショウが始まるまでの間、二人は次にどんな商品を輸入すれば儲かるかという話に終始していた。男は羽振りのよさそうなリカルドと繋がりを持つために見世物小屋についてきただけで、奇術には興味がなさそうだ。


 やがてショウが始まる。


 朔がステージ上で紙吹雪を出したり、花を出す。だが、今日の演目は少しだけ違った。


「今から『予言』の奇術を見せます。どなたかに、ここにある西洋カルタの中から一枚引いてもらい、私はあらかじめその方がどの札をとるのかを予言して当ててみせましょう。では――」


 朔は鷲鼻の男を指名した。


「そちらのどんな不正も見逃しそうにない御仁。こちらへお越しいただけますか?」


「……俺か? いやいや、俺は遠慮し――」


「これは楽しみだ! 山内社長なら仕掛けを見破って下さるかもしれない」


 リカルドが分かりやすいヨイショと共に拍手をすると、周囲の人々も手を叩いた。ヨッ、社長! と誰かが合いの手を入れ、前方に座った乙女たちも拍手をして振り返っている。


 こうなると出て行かないわけにはいかないだろう。


「荷物は私が見ていましょう」


 さりげなくリカルドが鞄を預かる。なんだか、身に覚えのありすぎる光景だった。


「さて、ではまず、使う絵札にタネも仕掛けもないことを確認して頂きましょう!」


 朔が舞台の上でカルタの束を渡した。


「裏表確認していいのか?」


「もちろんです。さて、この間に私は予言に入りましょう。観客の皆様は、私、そしてご協力くださる御仁に不審なところがないか、見張っていてくださいね」


 客が舞台に注目する中、リカルドは男から預かった鞄の中に平然と手を突っ込んだ。手帳を取り出してぱらぱらと捲る。まるで自分の物のように、堂々と。


(こうやって『情報収集』しているのね)


 話術で引き出すだけではなく、朔という目くらましを使って――。


 必要な情報を見つけたらしいリカルドは自分の手帳にさらさらとメモをした。そして何事もなかったように鞄に戻す。


 鈴花の視線を感じたらしいリカルドと目が合った。


 彼は人差し指を唇に当ててにっこりと微笑む。


 艶めいた仕草に鈴花の胸が高鳴ったが――いやいや、待って。ここはときめく箇所ではない、と思い直す。わっと会場が湧き、鈴花が視線を舞台に戻すと、朔の奇術は成功したようだった。男はおどけたように降参のポーズをとり、こちらへ戻ってくる。


 リカルドに視線を戻せば、彼はもう元通り。


 預かった鞄には触れていませんと言わんばかりに、両手で拍手をして笑っている。


(リカルドさんの方がよっぽど奇術師みたい)


 華やかな笑顔で人を惹きつけて、手妻のタネを気づかぬうちに手の中に握って、騙す。


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