朝食
朔の給仕を手伝って、三人そろっての朝食になった。
献立はリカルドに合わせてか洋風で、白い平皿の上には目玉焼きと茹でた
「朔さん、お料理上手なんですね」
「切って茹でただけだろ」
「美味しいです」
「褒めても何も出ないからな」
誰かと会話をしながらの食事――それも、こんなに和やかな食卓は久しぶりで楽しい。
にこにこしながらスープを口に運ぶ鈴花に、リカルドも微笑みを返してくれる。
「朔、女の子が褒めてくれた時はもっと嬉しそうに喜ばないと。照れてそっけなくしてばかりだと嫌われてしまうよ」
「照れてねーし‼ つか、お前もわかりやすいおべっかなんか使うな!」
「えっ、本心ですよ」
別に朔の機嫌をとっているつもりはないのだが、ぎろっと睨まれてしまった。
「なんか企んでんじゃねーかと思って落ちつかねえんだよ。タヌキはリカルドだけでじゅうぶんだ」
「おや? 日本で人を騙すのはキツネじゃなかったかな」
「タヌキもキツネもどっちも騙しますよ。化かし合いっていいますし」
「それなら私はキツネの方に例えられた方がいいかな。シュッとしていて格好いいし。鈴花はタヌキのほうが愛らしい感じがして似合うと思うけど……」
「どっちでもいいわ! ともかく、俺の顔色を窺って暮らさなくてもいいって言いてーんだよ! 家の中でまで愛想笑いすんな!」
「……。朔さん、奇術のショウの時とは性格が別人のようですもんね……」
「当たり前だろ、あっちの顔は商売用なんだから!」
腸詰肉を乱暴に口に運び、朔はフンと顔をそらした。
舞台の上では「可愛いお嬢さん」などと愛想を振りまいていたくせに、素の朔は口調も乱暴だしすぐに怒る。
(顔色を窺って暮らさなくていい、か……)
性格というのは生まれ持ったものではなく、環境によって作られるものかもしれない。
『鈴花』として暮らしていた時に、極力揉め事を起こさないように愛想よく振舞っていた。他者に嫌われないように気を使うのが癖になってしまっている。
「……ま、朔ほど裏表激しくなれって言っているわけじゃないけど、鈴花なりにゆっくりやっていけばいいよ」
「……はい」
ゆっくりしているうちに居なくならないでくれますか?
これが期限付きの付き合いだとわかっていながらも、楽しい時間が永遠に続くといいなんて、そんなことを考えてしまった。
食事を終えてから、リカルドは「オルゴールの件だけど」と何気ない口調で切り出した。
「残念ながらはずれだった。鍵はなかった」
朔は「そうか」と淡々と、鈴花の方は意味が分からずに首を傾げる。
「えっと……。叔父や叔母が鍵を抜き取っていたということですか?」
だとしたら再びあの家に戻って探さねばならないのかと心配する。
「それはないと思うよ。少し待っていて」
リカルドはいったん部屋に戻ると、空き箱を抱えて降りてきた。中に入っているのはオルゴール。見た目も大きさも同じものが三つあった。
「これがきみに持ってきてもらったもの。こっちとこっちは以前、長ヶ崎周辺で手に入れたものだよ。これと全く同じオルゴールは国内にあと二つある。スイスの時計職人が作った小型オルゲル『ミス・クラウン』。冠が彫ってあるところに小さな穴があって……」
リカルドが
「ほら。二重底になっているんだ。仕組みに気づく人はほぼいない」
「なるほど……。ここに鍵を隠したんですね」
「そう。西洋じゃここに密書を仕込んだりするものだ。……あるいは、恋人たちの秘密のやりとりだとかね」
「へえ……。素敵ですね」
恋文を仕込まれて贈られたら嬉しいかもしれない。
素直に感嘆した鈴花に朔が鼻白む。
「馬鹿。直接渡せないような手紙ってことは、不義とか密通が定番だろ」
……ときめきの欠片もない。
朔の意見を否定しなかったリカルドは話を続けた。
「向こうじゃこういう仕掛けは割と一般的だけど、もしかして日本じゃ馴染みがないかな? 隠した時に、中で鍵ががちゃがちゃ鳴らないように綿花も詰めたから、分解したり叩き壊したりしなければ見つからないはずなんだ」
「……ということは、わたしが持ってきたオルゴールに鍵が入っていた可能性は低くて……」
「国内にある残り二個のどちらかだね。うーん、残念だ」
二重底を元に戻しながらリカルドは肩をすくめてみせるが、鈴花の方は不安になった。オルゴールと引き換えに帝都から連れ出してもらったのだ。オルゴールは返すから、きみも帝都に帰ったら? とか言われてしまったらどうしよう。
「ああ、そんな顔をしないで。別にきみを追い出したりしないよ」
「え、ほ……本当ですか?」
「もちろん。次のオルゴールの場所は目星がついてる。鈴花さえ良ければ協力してくれる?」
「……はい! もちろんです!」
追い出されなくて良かった、とほっとする。
「とりあえず、今日のところはこの屋敷にいてくれる? 朔、掃除とか手伝ってあげて」
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