ついていきたくなる姫様っていいよね。(文字の変換は個々人でお願いします)
「それで?」
「はい! 王からの命令で憩様とこのエルフを会わせるようにと仰せつかりました」
まだ年若そうな兵士は一人で任された仕事が嬉しいのかやたらと張り切っている。身に着けている装備も日々の訓練の賜物か多少傷がついてはいるもののそれは真新しいものばかりで物そのものが草臥れてはいない。
対して、リリシアの方は憩が最後に目にした時と同じように身体に傷などは見受けられないが目に最初に会った時のような生気はなく多少やつれていた。それが監禁している物に対しての食糧が少ないせいなのか、はたまた本人の精神的なものあるいは意思による拒食かせいなのかはわからない。
若い兵士は直立不動を崩さぬまま自身の負った命令を忠実に守ろうと憩の動向を待つ。
「なるほど。それはお疲れ様です。では、少し話をしたいのでそのままでお願いしますね」
憩の言葉にその兵士はやはり一際大きな声で「はい」と返事をするとまた動かなかなくなった。
「さて、エルフの姫君さん? お機嫌はいかかがですかね」
兵士に連れられるまま特に何か動きを見せることも感情も見せることもなく俯いていたエルフの姫君。
憩の言葉に対しても聞こえていないの聞き流しているのか、数瞬動きがみられなかったが緩慢な動きで憩を睨むように俯けていた顔を上げると
「…おかげさまでこれまでにないほどに最低の気分ですわ」
声量が大きいわけではない、ただ聞いたものがおもわず引いてしまうような迫力がその声質にはあった。
それこそ綺麗でまるで楽器の音のような声色でそんな迫力のある声が出せるのかと感心してしまうような。
「それはいけませんね。 ならば話は早めに済ましましょう」
憩は今にも噛みついてきそうなリリシアを歯牙にもかけずしゃあしゃあと言ってのけた。
「お姫様、私の助手になりませんか?」
変わらずにエルフは憩と目を合わせ睨んでいる。
しかしどうだろうこの状況は状況を知らない第三者がみればいい若い男女が見つめあっているのと変わらない構図ではなかろうか。その甘い時間はまるで永遠のように…なんてこともなく
「元から頭がおかしいと思っていけど、あなたやっぱり可哀想な人なのね」
あんなことをしておいて助手になれなんて正気な人の言葉だとは思えないわ。そう言葉をつづけるリリシア。
もっともだ。瀕死の傷を事故ではなく過失で負わせたこれだけでも友好を結ぶのに大きな壁となるだろう。それは怨恨、トラウマ、忌避感などの言葉にも置き換えられるだろう。
たった一度のそれでも埋められぬ溝になりかねないそれをこのリリシアと憩の間ではどうだ、瀕死の傷を負わせ元に戻しまた瀕死の傷を負わせるそれを繰り返した、短時間で何度も、何度も。…瀕死と言う言葉の意味を今一度確認すべきだろう。
「それで答えは?」
感情もなく憩吾もう一度そう問いかける。
エルフは顔を真っ赤にしての怒りの形相で
「お断りよ! 死んだほうがましだわ」
そうですか、と憩はどこかあきらめたような疲れたような顔で嘆息交じりにそうつぶやいた。
そして先にぱらぱらと内容を見ていた「よいこのかいふくまじゅつきょうほん」のあるページを開くと
「死んだほうがましとまで言われるのあればしょうがありませんね。それならせめてあたしから贈り物をさせていただきましょう」
片手に開いた本を持ち自身が見やすい高さまで掲げもう片方の手を魔術を行使する対象であるリリシアに向ける。
少しでも長く少しでも強く効力を発揮するように願いながら
「再生」
回復が術を掛けた時点での身体の損傷を快癒させる魔術であるならば、この再生は後の身体の損傷を快癒させる魔術である。
とはいえ、再生の魔術も結局は元の健常と言えるところまで持っていくので結局のところは回復は速さの求められる場面に使われ再生は保険として用いられることが多い。それはつまり前者は怪我をした際に広く使われているが、後者は怪我をするような場面に赴くときに使われると言うことだ。どちらがより多用されているかは言うまでもない。
「何? 罪滅ぼしのつもり?」
今の憩が知らないことではあるがエルフは魔術に秀でている種族である。たった今、憩が掛けた魔術もリリシアにとっては日常であまり使うことのない魔術ではあっても物珍しいとまで言えるものではない。
だからエルフの姫君はその魔術を憩の罪悪感からによる罪滅ぼしだと考えた。
そしてそれは一面としては間違っていない。これはあくまでも善意による行為である。
「えぇ、否定はしません。 あれはこの国にとってもあたしにとっても必要であることだったとはいえあたしがやった以上、あれはあたしの業です」
笑ってもいない、かと言って怒りでもなければ嘆いているわけでもない。ただ淡々とあるべきことをあるべきように受け止める真摯な態度で憩は語る。
「否定も逃げもするつもりはありません。 きっと私には天罰が下るでしょう、死してのち地獄に落ちるでしょう。それでもなお私にはやるべきことがある」
それはリリシアの質問に対する答えと言うより憩が憩自身に言い聞かせているかのようだった。
「…受け売りですけどね。 そうそう、やったことを後悔する気はないけれどある程度の償いはできればと思ってね」
真面目な雰囲気など雲山霧消させ、へらへらと軽薄な笑みを浮かべると鎖に繋がれているリリシアに媚びるようにそうのたまった。
「これからの貴方の生活への手向けとして、ね」
リリシアはそんな態度の憩に対して何か言いたそうに口を開いたが声を出す前に憩がリリシアを連れてきた兵士へと声を掛けた。
「君…えぇと、まぁいいや。兵士さん、話が通じる人に伝えてください。僕への譲渡と言う話は破棄で、予定通りこの国の守っている方々と一緒に働かせてあげてください」
それを聞き、年若そうな兵士は事情を把握していたのか笑みを深くし、当事者であるはずのリリシアはそれでいて話がまだ見えていないようだった。
「はい! わかりましたっ!!」
話はそれで終わりだと言わんばかりに、兵士はリリシアを連れ図書室を出ようとしているし憩もとっとと部屋を出ていこうとそのあとに続くがリリシアにとってはその限りでない。
引かれる鎖に抵抗し憩に対して向き直り吠えたてる。
「ちょっとなによ! 働く?人族なんかのために何を馬鹿なこ…」
「穴がありますからね」
そうリリシアの言葉を遮った憩の言葉に怒りも嘲笑もなく、どちらかと言えば同情と哀れみが込められていた。
穴がある。確かに憩はそう言っただけだがこの状況と合わせて考えればそれだけでも十二分に分かってもおかしくはないだろう。
リリシアは自分の言葉が遮られたことに怒りもしなかったが遮った憩の言葉の意味を理解できていないようで首を傾げていた。
この世に善と悪があるならば、きっと彼女は善の中で恵まれて生きてきたのだろう。汚いものを見せられることもなくまたそういうものが遠く近づけさせないように。生殖行為が悪いと言っているわけではない、ただそれに耽ることが元の世界での言うところの大罪といえる。
きっと彼女は憩の言う「穴」がなんの事かも分かっていないのだろうし、その行為がそういう風に用いられるということを考えてみたこともないだろう。
「ま、この世界でいうエルフが元の世界で言うところの淫魔でそれが原因でこの国壊滅って言うもの面白そうですけどね」
くるりと後ろを向いてぼそりと呟いたその一言はさっきから声がやたらでかい兵士は勿論、リリシアにも届いていない。
しかし、先ほどまで長机に腰かけていた菖蒲が憩の予想に反して近づいてきていたためその言葉を拾っていた。
兵士に引きずられおそらく牢へと戻されていくリリシアを後目に菖蒲は憩に
「下衆ね」
「そうですかね」
「そうよ」
「そうなんでしょうね」
「そうよ」
おとなしく入ってきた最初とは打って変わりみっともなく喚き騒ぎ立てての退場となったリリシアの声もドアが閉まってしまえば幾分か静かになった。
一つため息をつくと呆れた調子で菖蒲は下衆で思い出したけれど、と言葉をつなげた。
「大道寺さん、かなり部屋に連れ込んでいるそうよ」
菖蒲の言葉は重要な語句をぼかしたつもりかあるいはそういう言い方をする癖なのかは分からないが何を連れ込んでいるかと言う部分がすっぽりと抜けていた。
とはいえこの流れで言えば何をなんという部分は言うまでもないということだろう。
つまるところ、普通に考えれば女でしかありえないのだから。
「あぁ…、失礼。 女や年若い男の子を連れ込んでいるようですよ」
普通に考えればそうであってもいいものが、いわゆるこうなんというか大道寺さんは普通ではなかったようで。
「それはまた…何というかずいぶんと楽しみが多い方ですね」
「物は言いようね」
とはいえだ。確かに伝説を準えてここに来ている転移者であることを踏まえれば英雄になりえると言うことも想像にあるいは打算に難くないわけで、今のうちにそう肉体的な関係だけでも運が良ければ子という確かな物証でも拵えておけば英雄の妻だとかなんだとか主張するのは容易いわけで。
実際にそんな肩書や能書きが付いたからと言って優遇されるかは知ったことではないが、それでもそれを求めるものが多い、ということなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます