回復系のスキル上げですもの、よっぽどゲスいかマゾいのどっちかですよね~

 憩はここ三日間の経緯を菖蒲に話した。


 その間菖蒲はタバコを吸っては吐いての動作を繰り返してはいたが顔色を変えることは特になかった。憩の話している内容には特段グロテスクな内容も含まれていたにも関わらず。それは菖蒲の元々の性分であるかもしれないし、あるいは憩がどうと言うこともないというような淡々とした口調で話し続けたおかげかもしれない。



「…ふう、なるほどね拷問。 それならば確かに合理的ね」


「あれ?もっと非人道的だと喚きたてるかと思ったのですがね。」


「いいや、そんなことはないわ。 そもそも人道的かどうかなんて私には関係がないわけだし。貴方が享楽で人を傷つけるような人間性かどうかだけが私にとっては問題」



 ふとした瞬間後ろから刺されてはたまらないもの。菖蒲はそう言うと短くなったタバコの火を長机に圧し付けて消した。



「しかし…そうちぎれた腕をね。 私のスキル、魔術合成と言うものがどういうものかいまいちわからないのだけれど。…そうね、このお城くらいなら包み込めそうな火を出すことはできると思う、感覚でだけどね。それでも…」


「それでも、魔王と言うのがどれほどの強さを持っているかわからない以上戦いに行くわけにはいかない」


「そういうこと。まぁそれ以外にも、例えば貴方サバイバルの経験は?」


「それはここに来る少し前に王様にご高説賜りました」



 おどけて言う憩に、菖蒲は少し驚いた顔で



「王様に? あぁ、さっきの拷問関係ね。旅ができるかどうか、それは貴方がいないときに怜王と、大道寺さんと集まった時にも無理だという結論になったわ」


「話し合い? あらら僕だけ仲間はずれですか」


「貴方、朝早くからいなかったじゃない。城内が何故か騒がしい中、怜王は私たちの部屋を回って話をしようと呼びかけていたわよ。ただ一人貴方だけが部屋にいないという情報も携えてね」



 憩は苦笑いを返すしかない。その朝早くから騒がしかった原因は自身ではないとはいえ、ごくごく近い人がそれも自身の名を騙っての反抗だったのだ。


 そんなただでさえ慣れない城内がバタついているところを怜王は部屋を回り転移者同士の情報の取りまとめや今後の方針を決めるための話し合いをしようとしていた。


 しかし一人は行方知れずとくれば、悪くないとは思っていてもばつが悪い。



「でもまぁ、居なかった自体はそんな事情じゃ責められないわ。 なにより大道寺君も怜王に引き攣られてはいたけれどどちらかと言えば外へ散策に行きたがっていたし」


「ははは、彼らしい。 それでその話し合いではどのようなことを」


「別にたいしたことは話していないわ。そもそも情報が少なすぎるのよ。 だから貴方を抜いた三人で話し合った今後の方針としてはとりあえず旅に出る日を引き延ばして情報収集をってね。それで私はここで自身の魔術勉強と合わせて本を読み漁っているってわけ。」


「なるほど。 でもそれなら問題はないようですよ」



 憩はこの国が憩達転移者四人に国の役職を付け、しばらくは旅に出すつもりがないという旨を話した。


 とりあえず身の危険にすぐに晒されるわけではない。と、安どの表情を浮かべてもよさそうなものを菖蒲は微妙そうな顔こそすれとても喜んでいるようには見えなかった。



「…もっと喜ぶと思いましたが、何か不都合な点でも?」


「はぁ…、確かに近々旅に放り出されることがないっていうのは良いことだけど、その役職に就けるっていうのが余計よ。」


「なぜ? 明確に働いていると言えればこの城に居ついている間の余計な諍いもなくなるでしょう」


「それもごもっともだけど、みんなが貴方のようにすぐに使えるような能力を持っているとは限らないわ」



 それはもっともだ。彼女が今どれほどの魔術を使えるのかはよく分からないが使い道がまだよくわからないと本人が言っている魔術合成、戦闘や争いのない状態での守るスキル、そして聖剣のない聖剣使い。そのどれをとっても国の中で働くと言う条件の中では回復魔術を使える憩よりも見劣りするだろう。


 とはいえ…



「とは言っても要所要所でって言うのが戦わせるという意味ならそれなりの訓練もでしょうし、怜王と大道寺さんならこの国の騎士だかなんだかと一緒に訓練するってことになるんじゃないかしら」



 何も旅ができないからと魔王の討伐自体をあきらめる理由にはならない。


 相対できる形になるまで転移者を護送し戦わせる。そんな運用でもできなくはないはずだ。


 旅路の途中で戦闘などの経験値を得なければと言うのであれば、日々の訓練でも十分に経験となるだろう。特に人の形を殺すのなれるのには魔物と言うものよりも豊富に経験できるのではなかろうか。



「それは貴方も、もちろん私も受けることになるのではないでしょうか?」


「いやいやないでしょ。 魔法使いと回復要員に前に出て戦わせるってどんな脳筋よ。あるとしても護身術程度でしょ、私ならもっと魔法を貴方であればもっと回復魔術を熟練させるべき」



 と菖蒲はさらに続ける。



「だから、貴方が読むべきはこれね」



 自身の座っている長机に積み重ねておかれた本の間から上の本が落ちるのも気にせずに一冊の本をつかみ取った。


 そしてそれをそのまま憩へと差し出した。


 憩はその本を受け取ると表紙を確認する。



『よいこのかいふくまじゅつきょうほん』



 このときの憩の気持ちは何とも名状しがたい。


 異世界の言葉が読めるのは良い。会話ができず文字も読めないのであれば明日を生きるために取るべき行動の指針に制限がかかってくるが、会話ができて文字も読めるのであれば生きることへの難易度は大分緩和される。


 とはいえ、異世界で魔法だのエルフだのドワーフだのファンタジーな世界観でだ。……意訳だとしてももう少しどうにかできなかったのだろうか。


 憩の微妙な表情を見て明らかに面白がっているように菖蒲は微笑を引っ提げていた。



「……何というかこう、ずいぶんと分かりやすそうな趣ですね」


「ぶふっ、綺麗な言い回しをするわね。そりゃ私だってもっとこうファンタジックなものを少しは期待していたけれどこれじゃあね」



 中身もそんな感じよ、と菖蒲に勧められるがままに本を開いてみる。




『かいふくまじゅつのつかいかた


 かいふくまじゅつというのはけがをしたひとやびょーきをなおすすてきなまじゅつ


 つかいこなすのはむずかしいけれどれんしゅうをがんばればきっとうまくなれるはず!


 でもでも、れんしゅうにはようちゅうい


 けがやびょーきのひとがちかくにいないからってひとをきずつけてはいけないよ』



 そこにはおどろおどろしい挿絵とは裏腹にやたらと明るい調子でしかし内容は物騒なことが書いてあった。


 とはいえそれは事実であるし、道理的にも人道的にも真っ当であるうえ、憩にとってはここに来てからの行動を省みてもぐうの音も出ないものであるが。



「あー、意訳で間違いないんですかね。これは」


「でしょうね。でなかったらこの世界の人たちの頭を疑うわ」



 肩を竦め、菖蒲は同意を表する。


 もちろん、識字率が低く文字を読めない人が大半だと言うのであればこれも十分に難解な読み物に分類されるのだろうが、それはないだろう。


 憩は町に出たときに通貨が存在していたことも知っているし、ゴードンのような商人が存在していることも知っている。経済が成り立つということはそれなりに文明が発達しているということだ。


 こんな子供向けのように意訳されているものがそこまで難しいとされることはないだろう。


 何とはなしに物珍しいものを見る気持ちで『よいこのかいふくまじゅつきょうほん』をぱらぱらを流し読みしていた憩であったが飛び込んできた用語におもわず目を剥いた。



「何? 何か興味を引くものでもあった?」



 菖蒲が差し出した本ではあるが本人は中身を検めてはいないのか、きょうほんを見たまま微動だにしなくなった憩にそう声をかけた。


 対する憩は声をかけられてもしばし反応を返さなかったが、やがて声をかけられたことに気が付いたのか驚きによる硬直が解けたのか、開いているページをそのまま彼女にも見えるように向けた。



『そせいまじゅつ


 しんだひとをよみがえらせるひじゅつ


 とってもむずかしいじゅつのひとつ


 うまいひとだとあたまがつぶれていようがぜんしんがたんかしていようがかんけいなくよみがえらせることができるよ


 だけどむずかしいじゅつにはきけんもいっぱい


 しっぱいするとちゅうとはんぱによみがえったりじゅつしゃがめいかいにひきこまれたりするよ』



 差し出されたページをのぞき込むと菖蒲は一瞬固まったが、すぐに笑いながら



「いいじゃない。 ゲームのように死んだ人を蘇らせることができるのならあなたが死なない限り全員が生きたまま元の世界に帰れるわ」



 菖蒲の笑い声が届いていないのか、憩は差し出していた本を自身のもとに寄せると尋常ならざる雰囲気でそのページを凝視していた。


 その様子ではその笑い声どころか先の菖蒲の軽口さえも聞こえていないだろう。


 豹変したと言っても差し支えのない憩の様子に菖蒲が気づかないわけもなく、そのページから顔も逸らさず動かない憩の肩に手を置き



「ま、最初からそんな難しそうなものは使えないわよ。 私だってあんまり難しいものは使うことができなかったし」


「……とりあえずは、こういうものもあると言うことだけでも収穫ですね」



 憩はとても厭そうな顔をしたがそれも一瞬のことで、すぐに無表情ともいえる表情になると努めて平静な声色でそういった。


 パンっと音を立てて「よいこのかいふくまじゅつきょうほん」を閉じると憩は突然何かを思いだしたのか、足早にドアの方へ歩を進めた。



「おっと、拷問吏の他にも診療所を持つと言う話になったのでした。働けるのであれば早い方が良い、いつまでもタダ飯喰らいであるわけにもいけないですしね」



 何か言い訳をするように矢継早に言い放つも、しかし憩が、…正確にはドアの近くに控えていた憩のメイドである猫耳がドアに手をかける瞬間にドアは開け放たれ闖入者が現れた。



「おぉ、杉田憩殿こちらにおられましたか」



 それは鎖を手に持つ兵士とその鎖に繋がれたリリシアであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る