いつ旅に出るか知らないと言ったな、あれは嘘だ
「さてそれでは本題に移ろうか。どうやらそちらの猫人の件も丸く収まったようじゃしの。」
――普通にバレてるじゃないですか。
呆れた顔で憩は猫耳を見やるが、猫耳をそっぽを向きながら吹けていない口笛を吹いていた。というか口の形状的に口笛を吹くことはできないのではなかろうか。
とはいえ、別にその件をとがめるつもりもないようなので気にするのをやめ、王の話を待った。
「さて、憩殿。君はネルガルとともにあのエルフの姫の拷問を行い、そして無傷のまま情報を吐き出させた。相違ないか?」
この質問に憩は即答することができなかった。何せ知らないのだからどうしようもない。
鎚を好んでいたのがボブ、鋸を好んでいたのがジョニーであればネルガルと言うのはあの痩躯の男であろうか。
仮にそうであったとして、憩の記憶ではあのエルフの少女は情報を吐いてはいないのだ。
「ネルガルと言うのがあの痩せぎすの男であれば確かに共に地下室でのエルフの拷問には立ち合いました。しかし、僕が立ち去る際まで彼女が何か有益なことを話してはいなかったと記憶しています。」
「ほほ。コイン一枚欲しさに細かい嘘をつく輩が多い中、正直の使い方が分かっていると見える。なるほど、確かにその痩せぎすの男がネルガルだ。そして拷問後、牢の中で吐露したそうじゃよ。体のどこにも痛む傷を残していないというのに顔を恐怖に歪め涙を流しながらの。」
楽しそうに笑いながら言葉を重ねる王。
王がなぜ笑っているのか。情報を得れたことか、それとも傷一つ残していない憩の回復魔術の水準の高さに対してだろうか、はたまた綺麗な体で顔を恐怖に歪めているというエルフ自体に対してか。ここにきてまだ三日と経っていない憩には王の心情を測ることはできなかった。
「それであれが吐いた情報、中でもエルフどもが隠し持っているという聖剣の真偽。伝説の転移者が現れ、スキル鑑定で聖剣使いなどと言うものが出て、そしてこれ見よがしに聖剣の在処が分かった。これほどわかりやすく士気の上がる名分もなかろうて。」
王は笑う。物事がすべて好都合に進んでいると。
対して憩は訝しむ。王の言葉には嘘を言っている様子など少しも感じられない。
聖剣使いが現れ、聖剣を求めて、聖剣の在処を探る。それならば何もおかしなことはない。
しかし実際は憩達、転移者が来た当日にはあのエルフはすでに地下牢に捕えられていて何かしらの情報を吐かせようとしているところだった。
現れるかどうかわからない聖剣使いのためにあらかじめ戦争と言うリスクを負ってまで聖剣の情報を得ようとは思えない。
ということは聖剣使いが現れる前から聖剣の情報を得ようとしていたという前提が間違えている。つまり、聖剣の情報などここの人からすれば二の次で戦争してでも得たいなにかがあってその情報を集めたかった、でなければ目的は戦争そのものか。
あのエルフは自分を姫君と言っていた。狂言回しや影武者でもない限り事実そうなのだろう。あれが事実無根に嘯いているだけでそれをこの国が鵜呑みにしているなんて阿呆な話でもなければ本物か影武者か。
どちらにせよそれを攫ってきているというのは事実。
戦争はこの人族の国が起こそうとしている。
「そして用済みとなった者がエルフと言うのもまた良い。エルフと言うのは器量が良い、そしてその王族と言うのだからあの娘は更に良い。このまま日々この国の防衛に尽力している兵たちの良き労いとなるだろう。」
強姦、略奪は給料の内。それは何も戦地に赴いている兵士たちだけの話ではない。
娯楽が飽和していた元の世界とは違いここではこういう直接的なものがストレスの捌け口となる。
人は感情と本能に気持ちよく流されることを望む。
――とはいえ、この国の兵隊さんが何百、何千いるのか知りませんがたった一人の性奴が増えたところで。 あぁ上級士官のみか? きっと使えなくなったら国民の前で敵国のなんだかんだと公開処刑してプロパガンダにするんでしょうね。 それは少し持ったない。
未知の法則が、未知の道理が、未知の生物が、前の世界ではなかったもの全てが憩の目的である。魔法もスキルもエルフもドワーフも全てすべてを知りたい。元の世界でこちらで得たものを向こうの世界に持ち帰りたい。なによりもそして先生の役に立ちたい。
エルフの姫君。エルフを束ねる者ならば一般のエルフよりも知識を多く有しているかもしれない。権力があるならばエルフ族を研究に協力させることができるかもしれない。
もちろんそれは皮算用でしかなくエルフの姫君と言いつつ実はただのお飾りで政治的な権力は何も持たないのかもしれないし、姫君として甘やかされて育ってきたのかもしれない。
そうであってほしいという願望の方が大きくあまりにも利があるかは不確定だ。絶対に手に入れておきたいかと問われればそうでもない。
そう、くれるというのであれば貰っておこうかという程度だ。
「しかしだ。ネルガルから話を聞けば憩殿はあれを気に入った様子じゃったと言うではないか。どうだろう、こちらでも後の予定があったでな条件付きで貴殿に下げようかと思うのだが。」
「…条件とは?」
「貴殿には拷問吏になってもらいたい。回復魔術を大成させた者はそのまま回復魔術師として華々しい道を辿りたがるものばかりでな、このような役目をやりたがるものもいないどころか、そのような使い方をしようと思う者すらいない。食うにも困るような輩ならばその限りではないがその様な者の回復魔術は役に立たん。」
貴殿ならばそのどちらにも当てはまらず、そして双方の良い部分を併せ持っておられるだろう。と王は続けた。
なるほど、と憩は自身を顧みる。実のところ、先日の一件は憩にとって初めての拷問であった。否、拷問と銘打って始めたものの憩にとってあれは拷問などではなく単なる自身が使えるようになったという回復魔術が実際に使用できるかどうかの実証に過ぎなかった。形をつけるために見様見真似とたぶんこうすれば話したくなるだろうという想像で拷問の真似ごとに仕上げたが実際に情報を吐くかどうかはどちらでも構わなかった。
回復魔術が使えるかどうか、使えるとしてどこまであるいは何ができるのか。憩にとっては買ったペンの試し書き程度の気持ちでしかなかったそれはしかし事実、憩の手法でエルフは口を割ったと言う。
ならば僥倖と偶然、偶々上手くいっただけだと言うのはたやすいが、これからも何か新しいことを始める際に試すこともあるだろうと、そしてそういう場があると言うのは悪くない。
「もちろん引き受けてくれるならばそれなりに融通を効かせよう。」
「一つ確認を。」
王が頷くを確認し、
「魔王討伐の旅に行けと言う話ではなかったか」
「いやお前ら旅とか無理じゃろ。聖剣使いはある程度動けるようじゃが、あの太った者は論外じゃし、魔法使い殿も魔法を使えん。そうでなくとも魔物や野生動物の闊歩する中での野営などの技術も必要と言うのにお主等、この城の中での生活だって一人ではできないではないか。」
そう憩達、転移者四名とも文明の利器に恵まれて育った世代。蛇口を回せば飲める水が出てきてスイッチ一つで火が起こせて他の動物に脅かされることなく比較的安全に眠ることが普通で当たり前。
いきなりサバイバルな旅をしろと放り出すのはただただ殺すのと何も変わらない。
一日目にとにかく早く魔王を倒してと旅に出させられなかったのは双方にとって幸運だった。が、それは城の者が転移者に対する評価を大きく変更させるに事足りた。
元の世界の企業よろしくこの城が求めていたのは即戦力である。
育てなければ役に立たない。それは新人を雇用すれば当たり前のことではあるが、転移者は異世界からの勇者の召喚と言う触れ込みである。勇者と言えばこの世界でも変わらず御伽草子に語られる悪龍を打ち倒す英雄や苦しむ人を解放する賢者である。少なくとも自分の身の回りの世話もできなければ一騎当千の力を持っているわけでもない若者の事でないだろう。
「わかりました。それで…「いいや主等は分かっておらぬ。そもそも最近の若い者は…」
このあとめちゃくちゃ説教された。
――いやそもそも僕はほぼほぼこの城にいたから関係ないような。
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