そりゃあ長期で雇ってもらうってんなら最初の印象は良いに越したことはないだろうしね



「おお、転移者殿。いや、回復魔術導師殿と呼んだ方が良いかな?」


「望めるならば憩と呼んでください」



 ミレイユさん似の男性に急ぎ足で連れてこられたのは一昨日に憩たちが召喚された玉座の間であった。


 移動の際はとても何かを聞けるような状況ではなく来いと言われたから有無を言う間もなくついていった。


 あれほど饒舌に語っていた幼女もこのミレイユさん似の男性の方が役職が上なのか何を言うこともなく静かに従っていた。少し意外だったのは話の腰を折られたにも拘わらず文句も一つも言うこともなく猫耳も従っているところだ。昨夜の言動を顧みるに一言二言疑義を呈しそうなものなのだが。いや、ひょっとすると



――あたしが舐められてるんですかね。



 なるほど、人のしがらみと言うものはどこにでもある。誰に対しても同じ態度で同じ接し方をするといことはほぼ不可能に近い、それは良い悪いなどと言う話ではなくただ単にそういうものだからだ。博愛主義を否定するわけではないが、博愛主義者だって無い袖は振れなければ手が無限にあるわけでもない。ないものはなければ、できないことはできないのだ。



「では憩殿よ。呼ばれた理由は分かっておられるかな。」



 糾弾するわけでもなく、攻める口調でもなく、王はただ緩やかな口調で憩に問いかける。


 玉座と憩の高低差から見上げる形になるけれど憩はしっかりと王の顔を見据えて答えた。



「回復魔術組合からの苦情…ですかね。」



 立った少し前の幼女メイドとの会話で気になってはいた。


 組合が依頼を管理しているという話。


 回復魔術師たちが安く買いたたかれないために、回復魔術の値崩れを起こさないために。変な話ではない、むしろあってしかるべきの法。そして国が布く法であれば当然罰則もあるだろう。


 罰のない法を一体誰が守るというのだろうか。


 とはいえ、技巧派が金次第で組合から以外も広く依頼を受け付けているという話どころか慈愛派はなかばボランティアのような形で回復魔術を惜しみなく使っているという。それならば、組合の値崩れ防止のための罰も形骸化しているのではなかろうか。もちろんその二つは大派閥であるからしてお目こぼししているだけやもしれないが。その場合でも誰もが知っている知らない事実としてやっているならばともかくやはりあけっぴろげにやることではない。その他の諸派閥の不満を無駄に煽る必要はないのだから。



「いいや、昨日にこちらが付けた従者と共に城を抜け出しそこの獣人と商家の家の娘に対しその御身の奇跡を行使された件であればその件の獣人を召し上げたことも含めてなにも問題ありはせん。」



――召し上げた?はて。



「その件においてはむしろこちら側の不手際であろう。こちらで用意した者が迷惑をかけたと騎士団長殿が随分と嘆いておったぞ。」



 王はちらりと憩たちをここまで連れてきたミレイユ似の男性を見やった。


 騎士団長。その言葉を聞いて憩はあの地下室で会った痩躯の男を思い出した。


 「団長様のご息女」、「団長もあそこまで頭を悩ますことも~」結局名前も聞かずじまいではあったが確かにあの男はそう言っていた。


 そしてミレイユと顔立ちが似通っている騎士団長。



――お偉いさんの娘だとは思っていましたが、ここまで王様に近い位置の役職でしたか。



 せいぜいがお偉いさんの我儘娘程度に見積もっていたものが王を護衛する立場の頭ときた。それならば彼女が嘯いていた単騎で戦果を挙げたという話も現実味を帯びるだろうか。


 王に水を向けられた騎士団長は大仰に肩を竦めると憩に向き直り頭を下げた。



「どうにもうちの娘が迷惑をかけたようだね。娘の迷惑の道中に君に召し上げられたという猫人から話は聞いたよ。随分と回復魔術を無駄遣いさせたそうじゃないか。申し訳ない。」



 言い訳をするわけでも釈明をするわけでもなく、ただただ謝罪を述べるのみ。それはいわゆる騎士道によって培わられた潔さからなのかそれともその苦労してきたであろう顔つきからうかがえる諦めからくるものなのか、憩には判断がつかなかった。回復魔術の無駄遣いと言っても憩にとっては減るものもない。魔術行使の魔力と言っても休めば回復するのだから問題がない。そもそも憩は自身が日に何度あるいは連続して何回の回復魔術を使えるかも把握していないのだ。


 だから思っていることをそのまま伝えることにした。



「いいえ、僕についてくれたのがミレイユさんでよかったとはっきりと言うことができます。あのミレイユさんは強いし何より良い人だ。」



 まかり間違っても自分の娘であるミレイユがそんな風に言われるなどとは思ってもいなかった団長は言葉が出ずただ目を丸くするのみだった。


 そう憩はミレイユの行動、その結果を迷惑だとかはたまた謝罪されるような事柄だとは思っていないのだ。今朝も思ったことだがミレイユが昨日連れまわしてくれなければゴードンに会うこともシャロに会うこともなかった。その他にもスキルと言うものを身をもって知ることができたし、前の世界ではあまり身近ではなかった貴族と言う階級やそれに対する平民の態度など城の中で過ごしていただけでは知りようのないことを自身の肌で経験することができた。これを迷惑だとはとてもじゃないが憩には言う気になれなかった。


 ただ一点を除いて。



「そんなことよりも僕が召し上げたというのh…「おぉっとご主人。襟元が乱れてますにゃ」



 音もなくいつの間にか憩の横にまで来ていた猫耳は、その鉤爪のような大きな爪がある毛深い手を憩の首元に回し彼女曰く乱れた襟元を治した。


 そして憩から離れる際にバランスを崩したのか少しよろけると憩の耳元に口を近づけ憩にしか届かないくらいのか細い声で囁く



「どうかそうい事にしてくれないかにゃ。お願いしますにゃ。」



 内緒話をするにも時間がない。それでも何とか二言だけの密談…いや嘆願する機会を作り出した。これはこの猫耳の美徳でもあるだろうし愚かしい部分であるということも否定できないだろう。


 この状況、憩に嘆願するのではなく恐喝をすることだってできたのだ。昨夜、ゴードン邸での戦闘においては多勢に無勢、いくら鋭い爪を持っているとはいえ抵抗にも限度があった。しかし今はどうだ、自身よりも戦闘能力の低そうなその上無防備に突っ立っているだけの憩。襟元を直すなんて口実に首にその鋭い爪を突き立てたまま「召し上げたということにしろ」と小声で脅すだけでいい。憩が了承すればよし、否と言っても憩を人質に逃げられるだろうし、そうでなくても食う当てもとい生きる当てが他にないというのであればどうせ死ぬのだ、憩を道連れにするのも一興だろう。


 少なくとも憩はそう考えた。襟首が乱れていると自身の首にその手が伸びてくる合間に、自分がこの獣人の立場であればそうすると。であればどう自分は動こうかと。


 それが「お願いします」ときたものだ。憩は昨日の一件で粗野だけど悪い奴ではないだろうという猫耳への印象に彼女自身の手で判でも押された気分だった。



――何はともあれ、お願いします、か。お願いされちゃあ仕方がないですかね。



 であればどう動こうか。脅迫されるとしか思っていなかった憩は人を頼ろうとしているのに意図的に人を傷つけたくないと本気で思っていそうな猫耳に毒気を抜かれ彼女の言うところの「そういうこと」にすることにした。



「彼女を僕の二人目のメイドに召し抱えたいのですけれど。いいですかね。」



 団長と呼ばれた男は困ったように顔を歪ませると王を仰ぎ見た。王が了承するように首をゆっくりと縦に振ると、団長はこちらに向き直して



「それは構わないが、二人目と言うことはうちの娘はそのままでいいのか?」


「もちろん、ミレイユさんにはこれからもお世話になりますよ。…あ、ただ食糧庫云々の罰はそちらでしっかりと与えた方が良いのではないですかね。つけあがりそうだ。」


「あれには生まれついての身体強化のスキルのせいで手を焼いていてね。今回の謹慎処分も珍しいことにおとなしく言うことを聞いているのだがきちんと反省しているかどうか。」



 謹慎処分程度で済ませるつもりなのか?と憩は疑問が浮かぶが、ミレイユ本人が正当な報酬と言っていたことや転移者様のメイドと言う立場を~など言っていたのを思い出しミレイユの非がすべてと言うわけでもないのかもしれないと当たりを付けた。


 なんであれミレイユさんと言う戦闘能力は魅力的だ。憩自身には他の転移者三人と違い直接的な戦闘を行うことができないのだ。もちろん、前に出て戦う者がいれば傷をすぐに癒せるというのは戦闘時においてとてつもないアドバンテージになるが傷を癒すだけではとてもではないが敵を倒すことはできない。まぁ、聖剣のない聖剣使いや魔法の使えない魔法合成師も現状同じだろうが。



「ミレイユさんがもう嫌だと言うのであれば仕方がありませんが、そうでなければこのままで。」


「はは、娘の意思など関係ないよ。これは仕事なんだ、やりたいこととやるべきことは同じであるとは限らない。」


「ごもっともで。」



 仕事だと言う時は上司として緩みない口調かつ顔で答えていたが、会話に一段落つくとどこか嬉しいようなそれでいて少し青ざめているようなそんな複雑な顔をしていた。


 対面する憩はその顔色をみて随分と苦労してきたんだろうなと勝手に憐れんだ。


 憐れむ者と憐れられむ者。…不思議と考えることは同じだった。



――それでもミレイユさん(娘)はやらないと言ったらやらないだろうなぁ。



 しかしてミレイユは憩のメイドのままという話で落ち着いたがやはり不安は残る。 

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