君の名は~たぶん「北〇の子分」みたいなもん~
よほど話したい内容なのかはたから見ても嬉しそうな顔で
「最後に後生の育成ですが、ここでようやくイシス様のお話ができますよ!いいですか!!よっく聞いててくださいね!!」
くださいね、と言いつつこちらのことなど気にもかけていないらしく相槌も打つ間もなく
「後生の育成と言っても若い者の育成だけでなく回復術師なら誰でも参加できる研鑽の場とでも言える状態になっています。発足当初から教える側も教わる側も年齢に関係なく回復魔術に長けた者に教えを乞うという形だったそうなので最初から後生の育成と言う名目からはすこし外れていたみたいですね。そしていつのころからかその研鑽の場に派閥と言うものができたのです。もちろん誰かが作ろうとしたわけでもなくあくまで自然に発生したもの各々は各主張こそが正しいと譲らず仲違いし険悪に、本来何をどう学ぼうとも自由であったはずの場も不自由になり下がってしまいましたのです。今でも他派閥を毛嫌いしている風潮が強く、新たに組合に登録をされる方はまず派閥の選択を迫られます。」
「くだらないね。」
プライドだの地位だの伝統だの純粋に知の向上や学を修めることの邪魔になるもののなんと多いことか。数多くの事象、研究を数多の目に晒し、様々な角度からの検証こそ更なる発展への道であるというのに。
しかし憩の嘆きも彼女に届くことはない。
「全く持ってその通りです。何故慈愛派以外への賛同等と言う愚かしいことができるのでしょうか。書物派も技巧派も要するに人を癒そうなんて気はさらさらないんですよ。」
慈愛派、書物派そして技巧派。この三つが現在の組合の主な派閥。
技巧派、ピーター・ハロウズ率いる呪文や魔法陣こそがうまく回復魔術を扱うために最も重要であると謳う一派。どの派閥も回復魔術の普及あるいは発展のために切磋琢磨しているがここ技巧派は独自に手を加えた呪文、魔導陣の研究が盛んに行われており、また回復魔術に関する魔導具製作にも力を入れている。またその魔導具の販売も行っているため三つの派閥の中で一番組合に対する金銭面での貢献が大きい。
この幼女曰く魔法陣の角度がどうのこうのと細っかい事ばかり気にしている神経質な奴らの集まり。
次に至門率いる書物派。現状、魔術は魔導陣や呪文さえ正しく覚えればあるいはなぞらえれば使えるとされている。いや、されていた。しかし現実にはどれだけ正確に魔導陣を描こうともどれだけ発声を似せようとも魔術を発動できない者たちがいる。一概に魔術を使えないものは魔力を持っていないからだとする声も昔は在った、だがそうなると火の魔術を使うことができるけど水の魔術はうまく扱うことができないと言った人たちの説明がつかず今でも魔導を極めようとする者たちの間で論争になるらしい。そして魔術の中でも特にうまく扱えないという者が多いのが件の回復魔術である。魔導陣も呪文も正しいはずなのにどうして。そんな今までの常識に新論を吹いたのが遠い東の国から来たという至門と言うガラの悪いやくざ者のような中年だった。
「か~!うちの国の物よりよっぽどわかりやすいもんがあるってのになんでこんな体たらくかねぇ。」
回復魔術に必要なものは全部ここに書いてあると至門が自ら持ち込んだ魔導書を手に法螺を吹き、死に至るような大怪我をも治して見せた至門は流れ者だと言うのに瞬く間にこの国の内部に入り込み、組合の一派その頭へと座した。先の技巧派の後世の育成の様子を共同研究とでも言うならばこの至門という男による後世の育成は主に写本である、魔導陣や呪文だけでなく本を全て。書き終えたらまた最初からもう一度、また書き終えたらまた最初から、何度も何度も何度も、終わりなどなくいつまでもいつまでも。それはただの苦行となにも変わらない。何より至門は強制などしない。
「嫌ならやめていい。だがそれなら俺に教えられることはなにもねえ、さっさと出ていけ。」
横柄な態度且つこの国の貴族が教えを乞うにはどうにも抵抗のある風貌。至門のもとを離れていく輩は決して少なくなかったがそれでも残る者も少数ながらいたが、それは一部の奇特な者を除き、他の派とそりが合わずに出てきたあるいは追い出された鼻つまみ者が大勢を占めた。そしてすぐに離れた輩は後悔することになった。至門のもとに残った元々触媒を用いたうえで小さな切り傷くらいしか治すことのできなかった奴らの回復魔術がそれこそ実用的と呼ばれるレベルにまで上達したのだ。元々魔術は才能ありきと言う考えが浸透していたのだ、急激に上達した者たちに何があったどうやったんだと詰め寄るものがでたの当然だろう。対してその者たちへの答えは全員が全員、
「よく分からない。ある日から突然回復魔術がうまく発動できるようになっていた。しかしと言うことは魔導書にはきっと回復魔術に必要なことがすべて書かれていたのだろう」
多分もう目をつぶりながらでも魔導書の内容を書き出せるぜなどと苦笑いしながら語るその姿はどこか誇らしげだったそうだ。
組合の三派の中で一番回復魔術の習得しやすいと言われまたその質も高いとされる。ただし、その活動は組合からの任務こそ受けるが一日の生活をほぼほぼ写本に費やされるため気軽に門戸を伺う者は少ない。
幼女曰く、一日中机に向かってばかりの陰気な集団、その時間のすこしでも救いを求めている人々のために使えばいいのに。
そして最後にイシス・サイス率いる慈愛派。
「回復魔術とは人を思いやる気持ちそのものです。人を愛し、人を慈しむことで回復魔術はその効力を強めるのです。」
素質も魔力も呪文も魔導陣も関係がなくただただ人を思う心こそが回復魔術には必要だと宣う一派。それが慈愛派。組合からの依頼も不適当だと言い本来の設定価格よりも安く請負うばかりでなく、独自で請け負う依頼に関してはほぼほぼ無償と言う奉仕の精神に基づいた素晴らしき集まり。
そのため組合の上納金もいつも少なく組合に属する他の派閥からもあまり評判は良くない。
「え、前に回復魔術を依頼したときは無償でやってくれたのに。」
組合に属する回復魔術師たちは一部例外を除いてほぼほぼすべてが貴族である。そのため強くそのことを押し通して今回も無償になんて言いだす阿呆はいないがそれでも内情を知らない平民はポロリとそんなことを口走る輩も多い。たいていの場合は組合の者たちも慈愛派の現状を分かっているためあまり酷い暴言でもない限りは担当した貴族であり回復魔術師たちも水に流してはいるが心良く思っているわけでは当然ない。
しかして、簡単に慈愛派を潰してしまえないわけがある。それは単純に客からの評判が良いからである。「回復魔術の腕は人を思う気持ちに依存する。」そんな頭の悪そうなことを言っている連中が実際に回復魔術の腕がいいかと問われればそんなわけはない。それでも何故か奇特なことに元から腕の良い者がその考えに賛同し名を連ねることがある。それは回復魔術を学ぼうというものが人を救いたいという高尚な思いから始めることが多いからかは分からないが兎にも角にも優れた腕を持つにも拘わらず無償の奉仕活動を望む者が一定数いる。
しかし、それで十分なのだ。うまくいかなくてもタダだからしょうがない。うまくいけばタダなのにこんな大怪我を一瞬で治してくれた。悪意が集まりにくく好感を得やすい。ゲームのように数値化できるようなものではないと言えまるっきりのランダムと言うわけでもない。慈愛派は組合や他の一派からの悪意を集めつつ国民の人気を集めたのである。そのような打算があったのか、それは慈愛派を先導しているイシスにしかわからないだろう。
「金にがめついこともなく回復魔術の研鑽のために人を見捨てるなどと言う本末転倒なこともなく人を平等に扱いそして癒してくれる。イシス様は本当に素晴らしきお方です。」
「そのようですね。」
――解釈は人それぞれですが。
「えぇ、えぇ!憩様ならそう言って頂けると思っていました。なにしろ街中で奴隷のしかも見も知らない獣人をさらっとお救いしているんですもの。もはや憩様は慈愛派の仲間と言っても過言ではありませんわ。」
正直なところ慈愛派とは関わり合いになりたくないと思っていた憩に聞き捨てならないことをさらりと言ってのける満面の嬉しそうな笑顔を浮かべる幼女。
憩が慈愛派の仲間だと言う言葉も捨て置けないが、それよりなにより獣人を助けただなんてどこから仕入れた。
確かに憩を良い人認定した時の理由からも匂わせていたではないか。
てっきり憩はその理由をエルフの姫の拷問したときの話だと思っていた。そのことであればあの痩躯の男が報告をするなりなんなりどうしたって話はこの場内に広がるだろう。拷問後にエルフの姫が吐いたという情報からエルフの姫が結局のところ無傷でそのまま牢に繋がれているということまで。ところが、
――この幼女は何と言った。 「街中で獣人を」 なぜ知っている。 街中で城にかかわる人物がだれか見ていた? いいや、あの時はゴードンを恐れて誰もが目を背けていたはずだ。 では…
「獣人を助けたというのはミレイユさんから聞いたのですか?」
「へ? いえ、ご本人様から直接お伺いしたのですが。」
「ご本人…?」
その時、ものすごい勢いで、まるで外から体当たりでもして開けたのではないかと言うほどの乱雑さで扉が開け放たれ、何かが飛び込んできた。
「待たせたな!!ご主人!!!」
そう飛び込んできたのは言わずもがな猫耳の獣人であった。
なるほど、確かに憩はこの獣人に回復魔術を施したしその後もシャロを治療するところからゴードン邸からの脱出まで共にしているわけだ。話を聞くのにこれ以上うってつけの者もいないだろう。…ミレイユさんとか真面目に話すかどうかわからないし。
この猫耳の獣人であればどこか悪ぶっている風ではあるけれど根の真面目そうなところが隠れ切れていない。ミレイユさんと連れ立って城にやってきた、そして昨日の経緯を聞くためにそのまま城に迎えられた。
――少なくとも多少捻くれていようが本能で動いているようなミレイユさんから聞くよりはマシでしょうしね。しかしそれならば何故…
何故彼女はメイド服を着ているのだろうか?
「おんやぁ? 劇的な再会で感動して声も出ないというやつですかにゃ?」
「…いいえ。名前はなんでしたか思い出そうとしていたのですが、よくよく考えれば教えてもらっていないですね、猫耳の獣人さん。」
言われてみればそうだったにゃとひとつ頭を掻くと、胸の下で腕を組み高らかに
「あたしの名前は…「お取込み中すまない!王が憩殿に話があるそうだ。取り急ぎご同行願う。」
猫耳が開け放ったままの扉からどことなくミレイユさんに似た顔立ちの男性が駆け込んできた。
――どうでもいいけれど、この扉は一定の速度以上でなければ通れないのだろうか?
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