てめえこのやろう、書きにくいうえにゲシュタルト崩壊してくるわふざけんな



「うぼおぅええええええええええ」



 城の拷問部屋と同じくらいの薄暗さと湿り気。


 格子のついた部屋に三人まとめて放り込まれた憩は、放り込んだ張本人たちがいなくなりしばらくたった後に限界が来たのかげーげーと長いこと嘔吐しているミレイユの背を手枷のせいで片手ずつの自由が利かないため両手で擦っていた。



「ミレイユさん大丈夫ですか? なるほどなるほど薬と同じでスキルも作用と副作用両方合わせてのものですか。」



 うげええだか、おげええだとか少なくともヒロインがして発していいような音と顔ではない醜態を晒し続けているミレイユを憩は興味深げに見ていた。



「ミレイユさんの超人的な身体能力はその引き換えに大量のエネルギーつまるところ食料を必要としており、スキルを封じられた今摂取したものを消化しきれずに今に至ると。」



 ――エメトフィリアの人ならいろいろ捗るですかね。


 エミリアの吐き出した消化されていないある程度原型の取り留めている黄色みがかった粘液を見つめ匂いに難色を示しながらある種の現実逃避にとりとめのない思考を巡らせていた。


 そんな二人の様子を不服気に見下ろしている存在がいた。…まぁ、残りの一人である猫耳なんですけどね。



「納得いかにゃい。」


「何がです?」


「だってそうじゃにゃいか!!私は見たどころか実際にその回復魔術に救われてるにゃ!あんなにすごいものを使えるのにどうしてもっと早くそのゲロ女に使わなかったにゃ!!!」



 そうすれば…と地団駄を踏み怒りのままに猫耳は喚く。


 とはいえだ。今この場でこうして手枷を嵌められて牢屋に放りこまれる状況なんて望んだものは一人もいない。


 憩にしても治せると分かっていたのならミレイユが口をはさんだ時点ですぐさま使っていただろう。



「…すぐに回復魔術を使わなかったのは悪かったと思ってる。ただ、こっち来てから回復魔術を使ったのは肉体的な損壊ばかりだったからふと毒と言われたところでピンとこなかったんだよ。」



 憩が回復魔術を使ったのはエルフの姫に複数回、目の前の猫耳、それとゴードンの娘であるシャロの三人と自身の怪我を治すのに使ったくらいである。


 ――能動的にエルフの姫を身体を損傷させ回復魔術を使用したがために余計に身体的なダメージに対するものというイメージが強く根付いたのかもしれない。


 憩は一人そう納得しかけていたが、猫耳より否の声が上がった。



「そんなわけにゃい!!それにゃらあのゴードンの娘に回復魔術を使っていたことで気づいてるはずにゃ!!」



 ゴードンの娘に回復魔術。たしかに広い意味でとらえれば病原菌も毒も違いはないのかもしれない。どちらも体内に入ることでいろいろな悪さをする、その一点では。



「あの娘はお前の言うところの肉体的な損壊にゃんてにゃかった。血を吐いてはいたけれど、それこそ口にしたら血をどばーっと吐くような毒だってあるにゃ。」



 それにゃら、となおも言葉をつづける猫耳。猫耳は鬼の首を取ったかのような得意さでとうとうと口を動かしている。が、肝心の話しかけている憩は全く別のことを考えているのかぽけらーっとしていて話を聞いていなかった。


 ――切り傷、打撲、骨折、切断、断裂全て回復魔術で治すことができた。次いでおそらくあの少女の様子から炎症も治すことができると考えていいだろう。前者は考えるまでもなく損傷、損壊の類だが、後者は? 炎症自体はある種の人の免疫機構だ。とはいえ、血痰が出るほど進行していればそれは肺の損傷といえるのではないだろうか。ならば、この回復魔術で治せてもおかしくはないだろう、ただし原因菌を排除できたのかは今後の課題か。そして麻痺毒、ミレイユの言葉では代謝されるらしい。となれば、身体に後遺症の残るような破壊はしないのだろう。では、なぜ麻痺がおこるのか。どこの作用を止めている? 有機リン?あれは嘔吐のが先か?そもそもこの嘔吐はおそらくミレイユの身体強化が…



「ご主人!!しっかりしてくれにゃ!!この先どうするつもりにゃ!!」


「どうすると言いましてもね。」



 どうするもこうするも魔術もスキルも使えないこの状況。


 三人ともばらばらの部屋に押し込められなかったことは精神的にまだ余裕が持てる一因だろうが、この先もずっと一緒にいられる保証なんてものはない。ゴードンが娘の治療を憩にさせるために見せしめにミレイユや獣人を殺してしまうことだって想像に難くない。


 もちろん、素直に言うことを聞いていれば生かしておいては貰えるだろうが高い生活水準は望めないだろうし、特にゴードンが何をするでもなく憩が協力的だと二人を余計に捕まえ飯を食わしておく理由もなくなるから売られるということだってあるだろう。


 この先に取るべき行動としてはゴードンと交渉し、ある程度の待遇を約束させシャロの治療を対価に引き受け行っていき逃げ出すチャンスを待つことだろうか。



「逃げる方法はないわけではないんですけどね。ただ一つ問題というか。難点と言いますか。」


「ここから脱出できるならある程度の犠牲は目をつぶるにゃ。その方法は?」


「手を踏み砕いてこの手枷を取る。」



 ……………。



「………。他にないのかにゃ。」


「これが一番単純かつ確実だと思いますよ。手枷が取れればスキル、魔術を使えるのならばミレイユさんを早いところ元に戻せばいいだけのことです。これだけゲロっていれば毒もかなり吐き戻していることでしょう。」



 私が回復魔術を使えますから手を砕いてもすぐに治せますし。感覚を味わうかのように自身の手を開いたり閉じたりを繰り返しながら憩はそれを見つめ、そうつぶやいた。


 誰もが覚悟を決めるためか、あるいはほかの方法を模索しているのか口を開かなくなった。


 しかしそれも長く続くことはなく、おもむろに明るい調子で憩は言う。



「でもまぁ、大丈夫でしょう。国が頑張ってようやく召喚できた転移者が付けた目付けと共にいなくなったとなればすぐに捜索し始めるでしょうし、いくらゴードンが商家として大きくても国相手じゃどうにも…」


「うぼぅぇ…、それは…うぐ…、どうでしょうね。はぁはぁ。」



 ようやく吐き気も落ち着いてきたのか、ミレイユはえづきながらも何かを訴え始めた。



「…っぺ。せめて口を濯ぎたいですね。 憩様、私たちが朝どうやって城を出てきたかお覚えですか?」


「…窓から飛び降りたのでしょう。まさか正門から出ていないから城の中にまだいると思われているとでも。」



 うわ!!こっち向いて吐くにゃ!! あと寄ってくるな臭いにゃ!!


 牢屋の格子それも隅の方で嘔吐に勤しんでいたミレイユであったが会話に混ざるために振り向き粘つく口内の唾液というか胃液というか…とにかく粘液を吐き出しこちらに歩み寄ろうとしたところを猫耳が嫌がった。



「そのようなことはありません。さすがに他の誰も憩様の様子を見に来ない等ということはありません。しかし、ことは気づく気づかないの問題ではないのです。」


「というと?」



 問題はこの狭い牢内だ。じりじりとにじり寄るミレイユと何とか距離を取ろうと後ずさる猫耳。しかし、すぐに背が壁についてしまう。


 廊下側へと流れるように一応の配慮をして吐いていた時も匂いはどうしても漂ってきたがどうしようもないことだと我慢できた。



 それでもいつまた吐くかもわからにゃいのが、その上匂いの発生源が近づくのは無理!我慢できにゃい!



 背を無慈悲なる壁に押されているように感じながらも猫耳はゲロの匂い発生源(ミレイユ本体)から逃げるように隅へと追いやられていく。


 そしてゲロ女は騒ぐ猫耳に臆することもなくどことなく楽しそうで、焦らすようにゆっくりとゆったりとした緩慢な動きで追い詰めていく。


 臭気を撒き散らしながら。



「私は城で憩様の名のもとに騒ぎを起こしそして、逃げるようにというよりは実際逃げて憩様の部屋に侵入、脱出という華麗な流れを決めました。」


「や、やみぇろ!!くるにゃ!!!」



 いや、私の名前を出してはいたけどってあ、これは完璧に聞いていませんね。


 すでに標的(遊び相手)を猫耳と定めた様子のミレイユは会話していた(目付対象であるとはいえ)自身の主人であるはずの憩を気にかける様子もなく、猫耳にご執心であった。


 ――よほど臭いと叫ばれたこと事が気に障ったのだろうか。



「少なく見積もっても五日近くは城は動かないでしょう。」


「今までの家出最短が五日だった?」


「えぇ、よくお分かり、で!」



 ついに猫耳を隅へと追い詰め、腰を低くかがめとびかかる体勢のミレイユ。


 返事もおざなりに猫耳へとダイブを決め、抱き着くと自身の唇を猫耳の唇へと近づけまるでキスでもするかのようにゆっくりとゆっくりと身を寄せていった。


 そうして唇の触れる触れないのところで口を大きく開けると猫耳の鼻に向け大きく息を吹きかけた。


 猫や犬の嗅覚は人の何百倍と言われている。しかし、単純に匂いを何百倍も強く感じるという話ではなく匂いを階層分けしているだのなんだのと、とにかく人の感じる臭い匂いを何百倍も臭いと感じているわけではない。


 だからといって(人とは基準が違うにしろ)臭いものを臭いと感じていないわけではないはずだ。何より猫耳は獣人だ。人よりは嗅覚が鋭敏なのだろう、しかし彼女は獣人だ獣よりは嗅覚が鈍感なのだろう。



 ギニャアアアアアアアアア



 ――哀れ。せめて手を合わせておいてやろう。



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