安易なキャラ付け~はたしてナ行を全て変えるべきか語尾だけでいいものか~
「あ…、お待ちを。いろいろと揉めましたからなぁ。外はもう日が傾ている。どうでしょう、今日は我が屋敷に泊まられては。」
帰すのが惜しいと、この方ならきちんと治せるのではと自身の身勝手な願いと希望は、床に臥せってから今までに見たことのない血色のいい顔の愛娘を見るとどうしても抑えが効かない。
せめて娘がちゃんと治っているのを確認するまでならと、自身の良心に言い訳をして。
――いいや違う俺はきちんと報酬を支払っている、奴らは食い逃げで捕まりそうになっているところを俺が助けたんだぞ。その見返りを対価をもらって何が悪い。
奴隷商人として悪名名高いゴードンであるがその実、商品をきちんと見定める目は確かである。そもそも一食、二食のお代が回復魔術と釣り合うことなどない。憩の回復魔術たった一回が相場に換算するとどれくらいになるのか支払う立場のゴードンは計算するのも嫌になった。
――そもそも奴は追加の報酬を拒否しているじゃないか、それならば……。違う、違うちがう。回復術師なんぞ信用してはいけない。あいつらは善人のような顔で平気で大切な人を人質に取る糞だ。いつ手のひらを返されるか分かったものじゃない。
憩たちは泊まることにこそ難色を示したが、
「しかし、せっかくのゴードンさんのご厚意を無下にするのもこちらの本意ではありません。」
長ったらしくそれっぽいことを並べ立てていたがとどのつまり食事だけは貰いたいとミレイユたっての希望あるいは切望で罷り通された。
――考える時間は十分とは言えずともあった。これから行うことの犯罪性と城に勤めているものに対する危険性に天秤にかける自分がいた。危ないと止める自分の方が多かったような気もする。しかし、そのたびに娘の、元気になった娘の顔が脳裏をよぎる。
だから、ゴードンは命じた。コックにあれを例の薬を入れろと。
――命じたの自分だ。しかし、やったのは命じられた彼らだ。やったのは彼らなのだから私は悪くない。
何度も繰り返される免罪符めいた考えに苛まれながら、ついに食事の席は始まり料理はテーブルの上へと並べられた。
「さあ、この度は本当に感謝の言葉もございません。今までは塵芥とも違いのない……」
ゴードンはあまり冗長的な言葉を好まない。時間がどれほど惜しむべきものであるかを重々理解しているからである。商談時に頭の固いまたは緩い輩を乗せるために意味のない耳聴こえの良い言葉をそういう意味のある無意味な言葉として垂れ流しはするものの、少なくともこういった場では感謝の念こそを伝えはすれども前の奴らはどうだったのなどと吹聴しない。
ゴードン自身も普段ならばこんなことはしないのにとこんなことで緊張しているのか等と自身を省みつつも、もうすでに薬が仕込まれた食事に後戻りはできないと気を引き締める。
話を始めてしまったものはしょうがないと、不自然にならないように区切りのいいところまで口から出る言葉に身を任せ話が終わるのを待つゴードン。話をしているものが話が終わるのを待つというのも奇妙な話ではあるが、長く商人を続けてきたゴードンからすると相手を乗せるのための話術を駆使しながら頭の中で物のやり取りの計算をすることなどそれこそ茶飯事であり下手に頭で考えて行動を進めるよりもよほど安心かつ信用できるのである。
「おっと、失礼。話が長くなりましたな。せっかくの料理です、さめる前に食べましょう。」
ゴードンがその言葉を言い終えるか否かの微妙ラインでこの回復術師のメイドは食事に手を付けた。
その様子を伺ってから回復術師も食器を手に取り、テーブルに出された毒を口へと運んだ。
――よし。
ゴードンは心の中で成功を確信し、小さく息をついた。
しかし、その食器がまさしく憩の憩の口に触れようかという間際にその食器を持っている方の腕を隣の席に陣取っていた彼に拾われた獣人が掴みその動きを止めた。
おもわず、目を開き固まるゴードン。
憩は特に気にした様子もなくされるがまま。
誰もが口を開きはしても、声を発しはしないこの状況で、猫耳の獣人は気負ってはいたのだろうが飄々と言葉を発した。
「……っおいおい、元御主人。いくら何でも獣人の鼻を舐めすぎじゃにゃいかい。あからさまにこう毒の匂いを漂わせられちゃ命の恩人には食べるなと忠告しないわけにはいかにゃいだろ。」
その言葉に驚いたのはゴードンや事情を知っているその部下たちだけ。
憩はその言葉を聞いてもたいして表情を変えることもなければ特に取り乱していることもない。
ミレイユに至っては会話なぞどこ吹く風、食事に延ばす手を止める様子なぞ微塵もない。
「な、何を言っている!人未満の獣風情が!!やはりあの場で殺しておくべきだったか!!」
曰く、獣の言葉に一番に反応したのは毒をもったゴードン自身であった。
相手を対等とみなしていない彼の言葉は口汚く凄惨たるものだった。
卑しく、下賤で、人の恩情により生かされているもの。
憩の頭に特にこべりついたのはその言葉。
命は決して等しくなんてなく、人こそがこの世界の頂点だとでも言うような傲慢の極致。
その言葉は憩自身にはなんてことのない言葉だった。
人は誰だって自分自身が可愛く。もし本当にいるのであればどれだけ絶対善を掲げた神であろうと、どれだけ絶対悪を掲げさせられた神であろうと最後は自分自身が可愛いに決まっているのだから。
しかしその言葉は、憩の中の先生の教えの琴線に触れた。
先生はそれこそ自身も他人もなくすべての人を平等に見ていた。クソガキの憩も自身が解剖する咎人も歴史書に乗るような崇敬するべき偉人だって先生は等しく扱うだろう。
――人はどこまでいこうと人なのだから。
先生はその言葉をどういった範囲で言ったのかわからない。それでも、目の前の少なくとも見る限りでは耳や体毛ぐらいしか違わない人を含んでいないとは思えなかった。
「…ゴードンさん。彼女はもううちの身内です。あまりそう汚い言葉を投げかけないでもらえますか。」
「し、しかし先生。彼女は猫、獣人ですよ。先生がそんな人と…」
「いいや。彼女は俺の身内です。他ではどうか知りませんが獣人だろうが人だろうがそれは変わらない。あと、俺のことを先生とは呼ばないでもらいたい。」
先生は解剖するなら咎人を優先的に開いていた。特殊な個体についてはそんな条件に当てはまるのを待つなんてこともしなかったが、少なくとも好き好んでいわゆる善人を選ぶことはなかった。
「名前もまだ聞いちゃいなかったけれど。そうだね、まずはありがとう?」
どう声をかけていいか分からなかった憩。どうにか紡ぎだした言葉はしり上がりの疑問形で放たれた。
「いやいやいや、本来ならあの道端でゴミくずのように捨てられ死んでいたからね、私は。それをわざわざ救ってもらったんだから、そうさね、おあいこってところじゃにゃいかにゃ。」
獣人は憩の手を放し、照れたように顔の間で振る。
夕食の席とはいえ、裕福なゴードン宅では光量として十分な量の蝋燭あるいは油が点けられている。そのオレンジ色の光照らされたその獣人の赤面顔にみてなるほど美人さんだなと憩は一人得心した。
「そんなバカなことがあってたまるか。…いいですか先生。獣人なんて信用してはいけません奴らは私たち人間の…」
「…このゴーろンさんの用意ひた食事に毒が盛らへてひるとひうは本当れすよ。憩ひゃま。」
ゴードンの臓腑の底からひりだし怒声を発したいところを、憩を丸め込むためだけに無理矢理ネコナデ声に変えたものはすぐさまミレイユの舌ったらずな声にさえぎられた。
「あの? ミレイユさん?」
「これはまひどくれしゅね。このくらいの量でありぇばまるはんにちくりゃいはうごけぇにゃいんとおもいまひゅ。」
なるほどと呟き、痛むこめかみを抑えながら憩はちなみに何故わかるのかをミレイユに問うた。
「最初はあの憩様も尋問室で会われましたあの男の仕事場にあったのを誤飲したのがきっかけなのですが、これが意外と癖になりまして、舌がピリピリとしびれるのが料理にこのうえないアクセントを…」
――この子は麻痺を起こす毒として使用されるようなものを山椒かなにかと勘違いしているのですかね。
憩は深く考えるのをやめた。
ミレイユが持つスキルは身体強化。朝の食事中に聞いた情報をもとに元々人の持つ解毒作用をも強化するのだろうと当たりを付けた。
もっとも、こちらの世界では人の解毒能だのそれこそ免疫がどうの抗体がどうのだという話もないのだろうが。
「で、逃げられますか?」
すでに周りはゴードンの護衛が動いており、扉から追加で入ってきた者のも含めて憩たちを取り囲み始めている。
こちらはというと獣人を含めても三人しかおらず、圧倒的不利と言わざるを得ない。
とはいえ、手に負えない窮地かと言われればそういうわけでもない。朝にあれほど自身の武勇伝を語っていたくらいなのだ。そう、戦場で一騎当千の武勲を打ち立てたミレイユがいる、このアドバンテージは大きい。なにせ一人で城一つ分の食べ物を喰らっているのだ、これで役に立たなければただ飯を食うしか能のないニートよりも劣るだろう。
「むりれすね。ひとりれ抜けるらけならもんらいありましぇんが、いこいしゃまをまもりにゃがりゃはむずかしぃれしゅ。」
無理か。そうか。うん。
「じゃあ、しょうがないか。投降しよう。」
「ちょいと旦那!諦めが早過ぎやしないかにゃ!!」
猫耳がなにか叫んでいるが、そこはそれ。アタッカーのいない時点でヒーラーだけでは何ともならないのである。
「ハハハ、それじゃあ君が道を開けるか? 回復支援なら任せろ?」
じりじりと囲う輪を狭めてくる輩を睨み付けつつ猫耳は後ずさりするも、発する声には一切の怯みもなく
「そうそれ!回復魔術使えばそのメイドの毒も治せるんじゃないのかにゃ!!」
そう促され微妙な顔をしつつも憩は手をミレイユに延ばした。
しかし、それをゴードンやその衛兵たちが黙ってみているわけもなく
「ヒー…「止めろ!使わせるな!!」
すでに周りを取り囲まれており、一息で詰められる距離だった。
魔術が発動することもなく、憩は…それどころか獣人とミレイユも床に無様に転がされ押さえつけられた。
「痛ぇなあ、ゴードンさん。何やってるか、分かってる?」
おい!早くあれをつけろ!!ゴードンは焦っているのか部下に荒げた声で命令をだした。そして、咳払いをして憩を見下すと
「えぇえぇ、承知しておりますとも。なに若い男女が一人づつだ、ふらっと消えることなんてざらですよ。」
ゴードンが話をしている最中、彼の部下たちはどこからか手枷を持ち出し憩たちにそれを付け始めた。
憩は諦めているのか抵抗する素振りも見せずに淡々と手枷が自身の手首につけられるのを眺めていた。
ミレイユは押さえつけられた時こそは暴れ数人を殴り飛ばしていたが、動いたことで毒が回り始めたのか一瞬だけ足元がふらついた。
ゴードンの護衛達が優秀であったのかただ運が良かっただけかは分からないが、その一瞬の隙をつかれミレイユは体当たりを喰らい、数人掛かりで手足を押さえつけられた。大の男が集まりようやく抑え込んでいる状態だったのが、手枷が触れた瞬間ミレイユは顔を真っ青に変色させ暴れなくなったので今は押さえつけられることもなく手枷を嵌められておとなしくしている。
そんな対極的な二人にたいして猫耳は普通だった。普通に暴れ、普通にひっかき傷こそ護衛につけてはいたがただの一人も戦闘不能にさせることもなく順当に押さえつけられ、暴れるので手枷を嵌めるのに苦労はさせたようだが結局嵌められ、手枷を付けた後も暴れるので抑え込まれている。
「こんな手枷つけてもミレイユの体調が戻ったら意味ないですよ。」
その毒の存在を知っていながら調味料さながらに平らげるミレイユがこのまま体調不良のままなわけがない。すこし時間がたてばもとに戻るそうすればこの古めかしい手枷などすぐに壊せるだろう。
憩のそんな打算をゴードンは見透かしたように微笑んだ。
「そうですね。それがただの手枷であればそうでしたでしょうが。それは特別品でしてね。」
「特別品?」
「そう、その手枷は嵌めた者の魔術もスキルも使えなくさせます。そちらのメイドさんは身体強化系ですかね、どちらにせよスキルに頼らない腕力での破壊だというのであればともかくその細腕では無理でしょうねぇ。」
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