行き過ぎた科学は魔法と区別がつかないそうですよ? じゃあ微妙な魔法は科学とどっこいどっこいか

ばしゃっ。


 水を掛けられた刺激で意識が浮上した。


 熱ぼったい腫れたとき特有の皮膚が張った感じのところにあたった水が刺すようにしみた。


 顔全体が腫れあがりうまく閉じれなくなった口に水が入り込み切れた口内でまたしみた。



「痛てえ…」



 傷の熱に浮かされた頭で懸命に今の様子を伺う。


 床に転がされた身体。特に毛布等を掛けられている様子もなく(水を掛けられて起こされるくらいだから当然なのだが)倒れてから部屋が変わっているというようなこともなさそうだ。


 起きた様子の憩にそばにいたらしいミレイユが手に持った桶を横に放り駆け寄ってきた。



「意識が戻りましたね憩様!!いや、暴漢に襲われた時は肝を冷やしました。私だってすぐにお助けしたかったのですが、それはもう卑劣な悪党どもで、そう徒党を組んでいたのです。私の方にも私を憩様に近づけまいとこう何人もの暴漢がこう押し寄せてきてですね。あんな悪党どもに私が負けることなどありはしませんが多勢に無勢なかなか憩様をお助けに参ることができず。やっとの思いでたどり着いた時には憩様は瀕死の状態、とりあえず暴漢こそはやっつけましたが意識のない憩様をどうすればと悩んでいるところに。あぁ、憩様お分かりになりますか?こちらの方々が道で困っている私たちにお声をかけてくださったゴードンさんとその娘さんのシャーロットさんです。」



 ミレイユはそう促し人物の紹介した。


 紹介された方はなぜかひきつったような笑みを浮かべているぞ。


 あと、横にいる護衛っぽい人がなんか擦り傷だの打撲だのやたら怪我している人が多いぞ。


 憩は今のミレイユの説明を聞きすこし面白いことがあったような顔で、要するに半笑いで、



「いや、ミレイユさん。覚えてるからね。」



 ミレイユはあらあらと頬に手を当て困ったわのポーズをとるとそのままの状態で、



「……殴れば忘れますかね。」


「…痛たたた、暴漢襲われたところが痛い。…あたた、特に頭が痛い、これは記憶違いが起こっていても仕方がないな、うん。」 



 ゴードンとシャロは苦笑いを深めたぞ。


 ミレイユさんは変わらずお澄まし顔だ。


 そして憩はため息をつくと、自身にヒールを掛け患者のそばへと歩を進めた。



「と言ってもまぁ…元の世界じゃいざ知れず、QFTもマイコやC.ニューモの抗体検査やれるわけでなくいまいちわけのわからない回復魔術頼みなんですけどね。これじゃあドヤ顔もできないぜって。…ほら口開けてみ」



 あー、違うちがうもっとこう喉の奥見えるように…そうそう。などと言いつつシャーロットの状態を見ていく。


 その様子はそれこそ元の世界であればただの診察であるのだがこちらの世界では医療というものが回復魔術というもの浸食されているため今の憩の行為はミレイユやゴードンから見ると非常に奇異的なというか別に変なことをしているわけではないのだけれど…、率直にいうと青年が少女の体をまさぐっているだけだ。しかも、まず口内からというマニアックさ。


 実際、ほかの回復魔術師たちも回復魔術の効力を上げるためだと変な草の汁を飲ませたり変な踊りを踊ったりといろいろな人がいる。しかし、今の憩の行っているようなことをするようなものは他にいないどころかそのようなものがあると聞いたこともない。


 つまり、いきなり自分の担当した転移者がいたいけな少女相手に(実際には違うのだが)性的ないたずらをやり始めミレイユ困惑、いきなり自分の愛娘が変態の毒牙にかかりそうになってお父さんげきおこ。


 そんなこともつゆ知らずにあくまでも診察を続ける憩。その手が胸部の打診のために少女のつつましい胸へと伸びたとき、ふと気が付いた。



「あれ?そもそも、(この触診に意味が)なくね?」


「「知るか!!この変態が!!!」」



 今度は後ろで「あるもん!」と少女がべそかいているのをBGMに二人の手で襤褸雑巾にされました。




「さて、とりあえずできることなんて一つしかないわけですし。効く効かないは置いておいてとりあえずやってみましょうか。投薬と違って副作用の心配もなさそうですし。」



 わりとえぐいところまで痛めつけられ、しかして自身のスキルで一瞬で回復した憩はゴードンを見て言う。



「飯の分はしっかりと働くよ。だから、娘さんの治療に関して僕の言うことにはきちんと従ってくださいね。」



 先のおちゃらけた雰囲気とは違う、真面目なトーンの口調。


 いったい何を命じられるのか、ゴードンは内心で、またかと思った。いつもと同じだ。飯をおごったくらいで回復魔術を売る馬鹿がどこにいる、しかもあれほどの効果のあるものだ。結局のところこいつらはあの店でわざと騒ぎを起こして遊んでいただけなのだろう。


 意地の悪い奴等め。心の中で悪態をつきつつもゴードンは笑顔で受け答えた。



「えぇ、それはもちろん。食事代だけなんて冗談を真に受けてはいませんよ。報酬はたっぷりと用意…」


「いや、そういうのはいいから。」



 真面目な調子でゴードンに話しかけていたかと思えば軽い様子で少女の胸のあたりに手をかざすし、ヒールを掛けた。



「三日おきくらいに様子見に来るのと妙なもん食わせないで普通の食事、あとは…適度な運動かな。うん、ありがちなことしか言ってねぇ。」



 あそこまでいったものを解放骨折と言っていいのか分からないが、あの地下室で解放骨折していたエルフの姫君ですらヒールを掛けたらすぐに動けるようになるまで回復をしていた。


 憩は少し迷いつつも少女のか細い手足をみて運動させるようにと指示を下した。


 唖然としたゴードンは、そこは商人として矜持かすぐに返事は出せなかったものの動揺も表情には出さなかった。



「……つまり、三日おきにお返しを用意しろ、と?」


「いいや、ただの予後観察だよ。そんなもんは要らない。僕の生活は城がみてくれるって言うからね。今回は本当に飯代を忘れてきただけ。さてどうだ?具合は。」



 返答を待つことなく呼吸がえづくことも痰が絡んでいるような様子もなく楽にできていることを確認できると、できることはやったし帰ろうとミレイユに声をかけ出口へと向かった。


 その去り際は今までの回復術師にはない潔さだった。


 それは間違いなくほかの回復術師たちにはない美徳で、憩がゴードンの提示する報酬に興味を持っていない証明に他ならない。釣り上げる必要がないのだから為すべきことを為せば用済みだろう。





 しかしそれがゴードンの心に不安と焦燥をもたらせた。

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