臭っさい茶番劇。でもわりかし嫌いじゃないのよね。

 ゴードンに子供は一人。


 目に入れてもいたくない、比喩ではないとでも言わんばかりに可愛がっている愛娘が一人いた。


 それはまぁよくあるお話で、その娘は病弱でいつもベッドから出ることができず、いつもいつも苦しそうにこほんこほんと咳をしていた。


 幸いなことにその娘の父親、ゴードンは金持ちだった。古今東西、宗教、流派を問うことなく高名な回復術師を金で雇い、娘の治療をさせた。


 しかしこれまたお約束、ゴードンの娘はそれで一時的に良くはなるものの治るとは言い難く、怒ったゴードンは治療した回復術師を屋敷から罵詈雑言とともに蹴りだした。



「私に治せないなら誰にだって治せるものか。」「治らないのはあなた方の神への信心が足りないからです。」「いや、治療は時間がかかるものだ。もっと長期で雇ってもらえれば治せるさ。」



 蹴りだされた回復術師たちはそれぞれの決まっているかのように負け惜しみを残すが、後は逃げるように消えるものやしばらく縋る様に屋敷の外をうろつくものなど様々だった。



「うるさい!高い金払ってやったのにその体たらくか、能無しどもめ!!」



 もちろん、いくら手を尽くしてもいくら金をつぎ込んでも一向に元気にならない娘に悲観して奴隷業などという非道に手を染めた。


 などということはありません。少なくともゴードンが裕福であるのは彼が元からあくどいおかげで、金が離れていかないのは彼が狡猾であるが故です。それでも、愛する娘のためには成功報酬だなどと回復術師たちを突っぱねることはせず、前払いで払っている分には情を持っているのでしょう。


 ……慣れない情に流されているせいで付け込まれ余計に散財しているのは確かですが、彼はそれをも厭うことはありませんでした。


 我が子が元気になるなら安いものだと、彼はそう言います。


 とはいえ、幾人も幾人も回復術師を呼ぼうともゴードンの娘は完治することはなく、いくら可愛い可愛い娘のためとはいえ暖簾に腕押し糠に釘の状態にゴードンはだんだんと荒んでいきました。



「足元ばかり見やがって。出すもん出しやってんだからきちんと治していけってんだ。」



 愚痴が多くなるゴードン。それで可哀想なのは何を隠そうゴードンの娘本人です。回復術師を連れてくるまでは優しい一面しか見ることはなかった。回復術師を連れてくるようになってから父親の怒る顔、焦る顔色々なものを見れた、見せられた。


 その時の彼女の気持ちはどうだったろう?


 あまり自由に動けるとは言い難い身体。ほぼほぼ部屋を出ることがない身では部屋が世界でそこに訪れる人や書物が彼女の全てと言っても過言ではない。


 気晴らしに外にであることも叶わず、ただただベッドの上で思案を繰り広げるだけ。


 考えて、考えて、考えて。思いを募らせ、こねくり回しては、自身の納得できる答えをまた探す。


 そうして煮詰めに煮詰めた彼女の思いは。




「また無駄金使いやがったか!糞親父!!!」



 ゴードンが娘の部屋だと案内した部屋に入るや否や水差しが飛んできた。ゴードンの顔面に。


 ゴードン自身も慣れてきているのか、キャッチすることはかなわずも直撃することは腕で水差しを払うことで回避した。


 が、第二投は予想していなかったらしくフリスビーよろしく飛んできた皿に首を直撃され地を這うことになった。



「…ごふっ。ちょぅ、ちょっと待てシャロ。こ―」


「その愛称で呼ぶな!!私の名前はシャーっガフ…」



 手を伸ばしシャ何とかさんの凶行を止めようと呼びかけるも、シャ何とかさん自身により遮られるゴードン。


 しかし、そのシャ何とかさんの言葉も最後まで言い終わることはなかった。


 言葉の途中で吐血したためだ。


 ……よく見ればそれは吐血というよりはその血の吐き方、真っ白いスーツに付いた輪郭を持ったゲル状の形から見るに喀血というほうが正しいだろう。


 となれば、だ。



「こんにちは。シャーッガフさん。随分とお元気なようで」


「この血をみてそんなことを言われたのは初めてですわ、回復術師さん。あと、シャーッガフではなくシャーロットです改めてください。」


「それは失礼を。では改めてシャーロットさん。貴方の父親からあらましは聞きました。生まれてから随分と生き難かったでしょう。」



 憩の言葉にシャーロットは面を食らい驚いた様子を見せた。それこそ大きく目を見開いて。


 そして突然口火を切ったように笑いだすと、



「ふふふふ……、確かにそうね生き難かったわ。間違いない。でも決して嫌なのはこの体質ではないのよ。私が生き難いと思ったのは何かわかる?そして、それは今も続いている。」



 腕を組みオーバーに考える素振りを憩は見せているが実のところ心当たりがないわけではない。


 この部屋に入ってからのこの娘の反応を見ればまるわかりだ。


 というよりは、これは質問でもクイズでもなくこれはただの嫌味なのだ。でなければ、最後の厭味ったらしい言葉は必要がない。



「…それは、金が浪費されていくことかな?」


「馬鹿なんですか、貴方は。いや、鬼畜でしたね。」


「それじゃあ、ミレイユさんは他の答えがあるんですか?」



 軽くため息をつき、こんなこともわからないのかと言わんばかりの蔑んだ顔でミレイユは語りだした。



「ようするに愛ですよ愛。「やめてお父さん。私なんかどうなってもいいの、このまま高い賃金で回復術師を呼んでき続けたらいつか…」てなもんです。」



 そう考えればさっきの行動だって照れ隠しだって説明が付きます。


 どうですか図星でしょう、とミレイユは殴りたくなるくらいのドヤ顔でシャーロットに正解を促した。



「いや、前者のお兄さんので正解よ。」



 なんですと、とドヤっていた顔を真っ赤にしながら崩れ落ちたミレイユがあまりにも可哀想になったので憩は肩に手を掛けた。



「ぷーくすくす。私の方で正解ですって。愛って何ですか、愛って?」



 ふんっっ!!!割と洒落にならないパワーで繰り出された裏拳をもろに顔面に食らいふっ飛ばされる憩。


 ぼきりと当たる瞬間に好ましくない音が鳴ったがすぐに回復魔術で治したので問題ない。



「へぇーえ。口ばっかりの奴らとは違って、お兄さんは良い腕してるんですね。これなら少しは話をしても罰は当たらないかな。」


「あいたたた…。他の回復術師らってそんなにひどいんですか?」



 これは丁度良い、殴れる肉人形か。などと呟くミレイユをよそに顔を擦りつつ起き上がる憩はそう問う。


 いや、ほんとにやめてね。それがフラグで肝心な時に魔力切れとか冗談にもならないからね。



「えぇ、大言壮語を吐きつついざ治療となればほんの指の先にできた切り傷ですら満足に治せない奴らも多いですわ。それでも求める対価は大きいですし、それ以上のとなるとお金も莫大にかかりますが話をつなげる伝手も作らねばなりません。」



 なおも憩をサンドバック代わりに殴ろうとするミレイユの両手首をつかみ拘束しつつ押し合いへし合い、何とかなだめようと奮戦するも結局は自力で押し負けマウントを取られる憩。


 律儀な日本人の性質故かそんな状態でも憩は会話を止めなかった。



「病床に寝たきりのお嬢さんにしてはずいぶんと物を知っていますね。」


「それはそうよ。そうね、さっきの生き難いって話が面白かったから話してあげる。確かにお金の浪費は許せないわ。でも、子供にお金をかけるのは果たして浪費と言える?娯楽品を買い与えるのとはわけが違う。私が言うのはなんだか気恥ずかしいけれど、ともかく私の場合は病気の我が子のためによ。」



 くっ、せめてあのロングスカートのメイド服であればマウントを取られても布のおかげでまだ両腕は引っこ抜けただろうに。


 こんな…、太ももを直に押し付けられて直に体温が感じられることもなかったろうにましてやマウント取られて逃げようともがくうちにナニがあれしそうになることもなかったろうに……クソゥなんてことだ抜け出せない。


 まずいな、このままだとあれがナニしそうだということも上に乗っているミレイユにバレてしまう。いや、この子意外と馬鹿だから適当にごまかせばいける気がしなくもないけど、そっち方面の知識がこっちの世界でどれほどこう教育されているのかも分からないし、うーん。


 いっそのことこのまま、今目の前で腕を振り上げているミレイユの拳骨を受けてしまえばいいのではなかろうか。そうすれば、そのナニしかかっているこれも痛みで萎えるだろう。


 いや、待て。何か別のそれに目覚めたらどうしよう。



「…あの、聞いてます?」


「大丈夫だ異常部、聞いてる効いてる」


「そうですか、なら続けますが。私が許しがたいのはその先です。本来、子を育てるというのは自身の跡継ぎや後継を考えてのものでしょう。ならば、自身の後継のための投資と言える。リターンに見合わない投資はただの馬鹿のやることです。それで私はどうですか、高い金を積んで回復術師を呼びまくって。私にそんな価値があるなんて思えない!」



 待て、やはり駄目だ。目覚めたら取り返しのつかないことになる気がする。迫る来る拳がスローモーションに見える中、憩は頭をフルに回転させる。何か、何かないか。



「シャーロット、落ち着きなさい。その話は前にも話しただろう。そんな打算的な話は商売の時だけで十分だと。お前は私や母さんの大事な娘だ。後継?跡継ぎ?それに価値だって?馬鹿言っちゃいけない。そんなものは関係なくお前には笑って生きてもらいたいんだよ、親だからな。」


「止めて!聞きたくない!!」


「いいや、やめないよ、シャーロット。商人は口八丁で相手を乗せるものだ。だから、お父さんの話が嘘まみれに聞こえるのだろう。違う、お父さんは本気だ。治らなければこれからも回復術師を連れてくることをやめない、お前を価値がどうとかそんな目線で見ていないからだ。信じられないなら実践しよう。見ていてくれシャロ。」


「違う、違うのお父さん。私は…私は何もできない。このベッドの上で寝ていることしかできない。なにも返せない。何もしてあげられない。」


「言ったろう?価値だのなんだのとそんな目で―「私が嫌なの!ねぇどうして?!こんなに愛してくれているのに、こんなに大好きなのに…役に立ちたい、役に立ちたいよ。」


「…シャロ、お前からもらったものはそれこそ数えき―」



 駄々をこねる我が子をあやし、泣いて叫ぶ子供は親の腕の中でおとなしくなる。自分の内を全て叫んで和解しあう親子の愛のなんと美しいことか。それはさておき。


 ゴスっ、バスッ、ガッ。一体何発殴られただろうか。俺の息子は幸いなことに接触部の摩擦による刺激よりも往復で飛んでくるパンチのおかげで戦闘態勢にはならずにいてくれている。


 しかしそれもどうだろう。だんだんと殴られている痛みが感じられなくなってきた。そうなると意識している子の方の刺激がより顕著に自覚させられる。まずい、ひじょーにまずい。



「おら、見えてんだろ?あれが愛ってやつですよ。え、おい?聞いてますか?」



 返事をしようにも身動き取れないし、そもそも殴るのをやめてくれないから考えもまとまらない。


 もはや抵抗する気も失せ、視界がだんだんと狭まっていった。狭くなっていく視界は最後には点となり心地よい真っ暗な空間へと放り出される。



「――わかったよお父さん。私、回復魔術を受ける。」


「おぉ分かってくれたか。よしよし、いや今回のお人は本当にすごいんだぞう。瀕死の奴隷を一瞬で治してしまったのだからな。」



 そう言い、ゴードンは娘に憩たちの後ろに隠れるように並んで歩ていた猫耳の少女へと視線を促した。


 しかし、娘はその猫耳の顔を見るなり、困ったような表情を浮かべるとすぐにうつむいてしまった。



「あぁ、分かっているさ。こいつはせっかくうちの娘の世話係にと抜擢してやった恩も覚えず、娘を苛めおって。正直なところ、今でも腹立たしいが、こちらの回復術師さんの恩情でこの通りだ。」



 話題に上がっている当の猫耳は聞こえていないのか、聞いたうえで無視しているのか。どう考えても後者だが特に何を反論するでもなくただ静かにただずんでいた。



「お父さん、別に私は…」


「分かっている、分かっているさシャロ。お前は優しい子だものな、お父さんは分かっているよ。まぁ、そんなことはどうでもいい。さぁさ、回復術師の先生うちの娘を診てくだせえ。」



 そう呼びかけられた回復術師の先生は自身のメイドであるはずの女性に馬乗りにされたまま、こちらの世界では誰も知らないが元いた世界なら誰もが知っているであろう国民的ヒーロー、顔がアンパンでできた食べることのできるあいつのように顔をまん丸にして、ピクリとも動くことはなかった。


 ゴードンのおかげでこの部屋にいる全員の注目を集めてしまった、状況にさすがに気まずさを感じたのかミレイユは



「今起こすので少々お待ちください」



 拳を握りこみ振り上げたところでゴードンやその護衛達に止められた。

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