他の職業のいいところばかり挙げて妬んで大変なところには見向きもしない。あーやだやだ

 町は閑散としてい訳ではなく、むしろ混み合っていると言っていい具合なのに憩たちは人ごみに煩わされることもなく歩くことができていた。


 この醜悪な男が先頭を歩いているのだが、道行く人がこの男を避けて歩く。顔を見てから避けるもの、周りの動きから察して動くものとにかく誰もが男に因縁をつけられたくないと関わりたくないと道を開ける。


 その後ろを歩く憩たちもその男の仲間だと思われているのか、すれ違う通行人の中には顔を盗み見ていく物も少なくない。


 どう見ても普通とは言い難い状況に多少の居心地の悪さを感じていた憩の様子を察したのかミレイユは声をかけた。



「この方はゴードンさん。簡単に説明すると悪徳商人ですね。」



 憩にのみ聞こえるように耳打ちを等という声量ではなく、この音量だと憩どころか後ろを歩いている護衛と奴隷にも聞こえているだろう。当然、前を歩くゴードン自身にも。



「ほほほ、悪徳商人とは…まぁ否定はしませんがね。自身では何も生み出さないのに自身の腹を肥やし続ける様は農民や技術者からみたらまさに悪徳でしょうな。長い時間をかけ手間暇をかけ汗水たらして育てたもので他人が肥えるんですから私ならば恨みます。……商人には商人の苦労があるとも考えずにね。」



 歩みを止めることなくゴードンが答えた。


 その声は特に気を悪くした風でもなくおちゃらけた口調で。笑うようにあるいは嘲笑うように。



「少しだけ商売に成功した自負はあります。ですが、それは運です。言ってしまえば、私はギャンブルに勝っただけなのですよ。それこそ掛け金は人生そのものと言える、大きなものでしたがね。」



 それを聞いたミレイユは嫌悪感を隠すこともなく顔を歪めた。


 横を歩く憩はそれが何故か分からなかった。


 が、後ろを歩く奴隷の状態を見るに、ギラギラと輝く装飾品を身に纏う顕示欲の強そうなゴードンが自身をかけるとは言わず人生を賭けると言ったこと。それに加えての町の人のこの反応やミレイユの表情からおそらくそういうことなんじゃないかと邪推するには難くない。


 この世界の常識を昨日今日来たばかりの憩は知らない。だから、この世界の中のこの国で人を奴隷として使役することの良し悪しを論じることはできない。この国にはこの国の法があるのだろうから。


 だからこそ納得できないところがあった。



「そういうことなら何故あの猫耳があんな状態なんだ?商品なんだろう。」



 ゴードンとミレイユ双方が目を丸くして憩を見た。


 そんなにおかしいことを言っただろうか?奴隷としての商品であるならば元気である方が働き手として優秀だろうし、性奴だとしても綺麗なのをボロボロにしたいというのであればともかく最初からボロボロなのを好んで買うものはいないだろう。


 振り向いてその猫耳の少女を見てみればどうだ、顔も体もおよそ怪我のないところなんて見当たらず、がりがりにやせ細った様子から栄養状態も良くない。それでも、元の顔は勝気で整った造形かつ体も男だったらおもわずほほを緩めてしまうような肢体。ボロボロの今でも美少女だと言えるほどだ。


 商人であるならば商品の価値は保って当然ではないだろうか。



「ほ、ご理解ある方がいると話が良い。…残念ながらそいつは商品ではないのです。」



 そこで初めてゴードンは歩みを止め、振り返るとくだんの猫耳の少女の前に寄ると腕を振り上げた。



「こいつは、孤児の盗人っ、でして、ね!うちにオイタをっ、働きやがったからっ、とっ捕まえまして、ね!っと。最初こそはっ、どこぞの変態にでもっ、売ってやろうかとでも思ったんですがっ!」



 話しながらゴーガンは猫耳の頭を顔を腹を胸を、殴る蹴るの暴行を加えていく。


 少女が吹き飛ばないように、崩れ落ちないように護衛の男は猫耳少女の後ろに回りその体を支えていた。


 対して、殴られている少女は呻くわけでも泣くわけでもなくましてや抵抗する素振りすら見せない。


 その理由は彼女の目を見れば明らかだった。何も映さない、光の灯らないくすんだ瞳。何をしても無駄だと、何かをやるこそが害悪だと諦めだけを示す瞳。


 実際、正解なのだろう、この男はこの少女の嘆きの声こそ今、聞きたいのだろうから。



「生意気なこいつは…オーナーの俺の娘にまでかみついてきやがって…、ムカついたから…こいつはお仕置きしてやろうってね。」



 息を切らしながら紡ぐ言葉はもごもごと言っているのに持ち前の声質のせいか声音のせいか聞き取ることができた。


 なされるがままの少女をご主人様の折檻が終わったと判断した護衛の男は支えるのをやめる、少女は望んでもいない支えを失うと崩れ落ち蹲ることもなく地面に倒れこんだ。



「それも、今日で終わりですかね。わざわざ治療する気があるわけでもなし、最近反応が薄くて面白味も欠けているのもありますし。捨てていきますか。」



 ゴードンそう言うと、地面にできたを霜を踏み砕くような気軽さで少女の手と足を踏み抜いていった。


 それでも少女から反応はない。


 ゴードンは面白くなさそうに鼻を鳴らす。



「…ふん、道の邪魔だ端にでも捨てておけ。」



 大男は頷きもせずに少女をむんずと掴みあげると道の端へ放り投げた。


 ミレイユは面白くなさそうな顔こそしているが、やはりこの国では人族以外の価値が軽いというのが常識なのか周りも良い顔こそしているのはいないが誰も助けようとはしていない。単純にこのゴードンの怒りを買いたくないだけかもしれないが。


 とはいえ、捨てたものだ。誰が拾ったって構いはしないだろう。



「ゴードンさん。あれ、捨てたの?」


「えぇ。気に入ったので?別にあれをどうしようと構いわしませんが、それならうちにもっといい娘がそろってますよ。」



 このゴードンという男は目ざとい男で、先の軽食屋の騒ぎでこそ文無しだなんだと騒いでいた憩たちだがその衣服から城の関係者だということはすぐに見抜いていた。


 その食い逃げの騒ぎこそ金を懐に入れ忘れた間抜けだと思いはしたが、城の関係者となれば話は別。メイドが付くような上流の者であれば例え朝食一食分であろうと恩を売りコネを作れるのは千載一遇のチャンスと聞き耳をたてていたのだった。


 それで商品を売り買いするような関係を築ければ最上というもの。メイドがついている憩の気を引こうと憩に話を合わせるのは当然と言えた。



「そうですか。」



 てててと、猫耳の少女に駆け寄るとおもむろに耳に口を近づけ、



「どうです?名前も知らない人。死にたいですか。」



 一度、呼びかけるも特に反応は見受けられない。


 ピクリとも動こうとしない様子に意識を失っているのではないかと周りは想像する。


 けれども、話しかけている当の憩はそんなこと思いつきもしないのかなおも声をかけた。



「このままだと、貴方は確実に死ねますよ。その衰弱加減、手足を使えなくされてまとも移動することすらできやしないでしょう。どうです、死にたいですか?」



 今度は猫耳の少女に微かだが動きが見られた。


 殴られようと、投げ飛ばされようと無反応を貫いていた少女が憩たちに意思を示すのは(会ってまだ時間がさほど経っていないとはいえ)それが初めてだった。


 猫耳の少女は声を紡いだ。体を動かすことでさえ難しい彼女は声を出すことすら簡単にとはいえず、その声はそばで彼女の顔に自身の顔を寄せていた憩にすら聞こえるか聞こえないか曖昧な音だった。



「………生き……思った……ない。だって―――――――」



 尻すぼみに小さくなっていき聞き取ることが難しくなっていくその思いを、しかして憩は聞き漏らすことはなかった。


 彼女の思いを聞き届け、そして大きく笑った。



「あはははははは!なるほど!確かに…確かにその通りだ!!間違いない。うん、間違いない!!」



 ひとしきり笑い。憩は猫耳の少女に手をかざすと昨日幾度となく唱えた呪文を唱える。


 すると、たちまちに体中の傷は癒え、先ほど砕かれたばかりの手足も元通りに復元された。


 しかし、少女は動かない。地面に叩きつけられ身を地に放り出したまま。先のように声を上げることもない。


 何か失敗しただろうかと思案し始めるとかがんでいた憩の上から声を掛けられた。



「素晴らしい!!これほどの回復魔術は見たことがない!!」



 そんなお為ごかし続けるゴードンを無視して憩は猫耳少女の触診に移っていた。


 うつぶせになっているのを転がして仰向けに。おおよそ助けようっていう丁寧さは微塵もなくその動きは雑。否、訂正しよう、今の彼にとってはその行為の始まりこそ高尚なものだったのかもしれないが回復魔術で意識を取り戻さなかった以上その解明の方が優先順位が上になっただけだ。


 脈をとり、呼吸を確認する。とりあえず、死んでいるわけではないことを確認するとタイミングを計ったかのように腹の虫が鳴いた。もちろん、猫耳少女の腹とミレイユの腹から。



「…なるほど。」


「憩様、なんだかんだでもうお昼時だと思われます。」


「今かなり得心いった感じだったからね、僕…。というかミレイユさん、貴方朝にあれだけ食べておいて。」


「人間一日三食食べるものですよ憩様。そんな食べたのに食べたことを忘れたアホのようなことを言わないでくださいまし。」



 関心した様子の憩に臆することもなく自身の腹の減りを訴えるミレイユ。


 また漫才を延々と始めそうな雰囲気だったが、それならばとゴードンが



「うちで食事でもご一緒にいかがですか?あのような奇跡ともいえる回復魔法をあのようなやっすい軽食代で、というのはさすがに私も心が苦しい。それも回復魔法のお代ということでどうでしょう。」



 最初こそ憩が断ろうとしたが、口を開く間もなくミレイユが二つ返事でOKを出したため断ることはできなかった。


 もう断れないならいいやと憩が、



「この猫耳の分もよろしくと追加で頼む」



 と頼むと、ゴードンも二つ返事で了承した。


 ………そのすぐ後にゴードンが青い顔をさらすことになるのはまた別のお話。

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