こっちの法律じゃアレだから食った後に金持ってないって発覚したんだったらセーフだから。…国どころか世界違ったわ
「さて、とりあえずどうしましょうかね。腹ごなしの運動がてら町のご案内でも致しましょうか。」
朝のうららかな陽の光の下、心地よさそうにミレイユは言う。
「そうですね、それじゃあこの王国最強の騎士様をお供に案内してもらおうかな。」
椅子から立ち上がりウェイトレスに手を振るとすぐに会計だと察して小走りで寄ってくる。
異世界でもこういうジェスチャーは通じるんだなと少し関心、そもそも元のいた世界では人種も使う言葉ですら違っても身振り手振りである程度意思の疎通ができたんだ。こっちの世界で目の敵にしている魔族やエルフ族とはいえ、エルフ族なんかは昨日会ったのは言葉さえ通じている、ならば大道寺君が言っていたことではないけれども和解なり協定なりいろいろやりようがあるんじゃないだろうか。あんな拷問なり、戦なりやらずとも……そういえばミレイユが立役者になっただかっていうのは一体何と戦った――
「憩様、ウェイトレスが代金を受け取れずに困っています。いきなり、呆けるのはやめてください。」
「あ?あぁ、すみません。……いや、私こっちの世界のお金持ってませんよ。」
そう言い終わるか否か、会計のタイミングでなかなか払わない様子を見てすでに臨戦態勢に入っていたのか店の店主がむくりとカウンター奥の椅子から立ち上がる。
背が低く腕が異様に太い禿げ頭でおっさんというよりはジジイという感じの面構え。大道寺がいれば声高に解説しただろう、ドワーフだと。
「おめぇら、ワシの店で食い逃げしようたぁいい度胸だな。」
ノシノシという擬音があう足取りで憩の正面まで来るとまっすぐ憩と目を合わせ睨み付ける。
「ワシぁ国の兵士だろうと食い逃げは許さんぞ。ハーフとはいえドワーフだからな腕っぷしには自信があるわい。」
低い声からははっきりとこちらを威圧していることがわかる。それはそうだろう、食い逃げを軽く許していたら客全員が払わなくなる。
とはいえ、自分たちは食い逃げしようと思ったわけではない。ミレイユがなぜ金も持たずに店に入っていき食事を勧めたのか分からないが、一度城に帰り事情を話せば朝食の代金ぐらいすぐに工面してくれるだろう。その前にミレイユの件でイザコザがありそうだけど。とりあえず、まずはこのハーフドワーフの店主に事情を話そう、なんだかんだで店を切り盛りしている人なら話を聞いてくれるだろう。
「じつは…「えぇ、本当にいい度胸ですねご主人様。まさかお金を持っていないのに店に入られるとは、さすがは回復術師様いい加減その傲慢な性格をお直し下さってくれますか。店主様すみません私の駄主人さまがとんだご迷惑を…、この方を置いていきますのであとは煮るなり焼くなりお好きになさってください。一応回復魔術を扱えますので役に立たないということはないでしょう。」
「……あのちょっと、ミレイユさん?」
「だまらっしゃい駄主人様、このまま私を城に売ろうだなんてそうはいきませんよ。せっかく回復魔術をそれもあんな高度なレベルで扱えるのですからそれを売りにして今の食事代くらいちょろっと返してしまいましょうよ。」
「え、そんな感じ?この世界ですごい重宝されて技術が秘匿されてるって言っておいて朝食代くらいの価値?」
「いいじゃないですか、昨日あんなに無駄に使っていたのですし。一晩寝たら魔力だって回復したでしょう。そうすれば、この店はたかだか食事一食二人分で高価な回復魔術を受けれる、私たちは城に戻ることもなく今日一日町を散策できるほらいいことづくめじゃないですか。」
だいたい貴方はともかく私は今城に戻ったら絶対一日中お説教コース確定ですよ、ほら可哀想だと思わないんですかこの鬼畜。開いた口を閉じることを忘れたように何とか城に戻らずに済むようにミレイユは口を回し続ける。
店主はその阿保さ加減に呆れたのかはたまた毒気を抜かれたのか、少なくとも先ほどまでの威圧感は収められたようで(ムスッとした表情ではあるが)二人のやり取りが終わるのを待ち受けていた。
その様子を見ていたのは店主だけではなかった。なおも漫才を続ける二人に割り込む男がいた。
「すいません、ちょぉっとよろしいですか?」
ねっちょりとした気持ちの悪い猫撫で声。背は低く醜悪な肥満体、纏うのは高級そうな衣服に悪趣味な装飾品。背後には屈強な大男と奴隷だろうか首に鎖のついた首輪のみをつけられた頭に猫耳の生えた少女を控えさせている。
両の手でがっしりと憩の顔をホールドし顔を逸らすことのできない状態で説得を続けていたミレイユはその拘束を解き、振り返った。
「…失礼、お騒がせしております。すぐ終わらせますので迷惑でしょうが了承を。」
「いえいえいえ、迷惑だなんてそんなことは…。盗み聞きしたようで心苦しくはあるのですが、小耳に挟んだところどうやらお金をお持ちでないようで。」
「確かにその通りではありますが、今この人の能力でその償いするところです。問題ありません。」
「それはとても良いお考えだと思います。労により対価を得る。商人の私から見ればひどく当たり前のことです。ですがどうでしょう、要らないものを提供すると言われて金をと言われるのはあまりにも理不尽ではありませんでしょうか?」
男はちらりと店主の方に目線を送り、促されるように憩とミレイユも店主の方を見やった。
変わらず愛想の悪い顔のまま店主は面倒くさそうに口を開いた。
「…ふん、あんたらの言う回復魔術がとても高価なもんだって話は聞いたことがある。だが、うちには今そんなもんが必要な奴は一人もいねぇ。話は分かった、金を払ってくれるなら誰だって構わん、うちは飯処だからな。」
「ほほほ、話が早くて助かります。…どうですかな、私が代わりにここの代金は払いましょう。その代わり、私のために回復魔術を一度使っては下さいませんかな。」
ミレイユは後ろの二人を値踏みすると、鼻を一つ鳴らし
「…ふん、いいでしょう。」
憩の意見を確認することもなく話を進めた。
「商談成立ですな。ありがたい。」
いや、丸く収まったから良いんだけどね。……腹の中に何も抱えてないわけではないからな、覚えておけよミレイユ。
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