いっぱい食べる君が好き。…え?それはないわ。

「いやあああ!!ですって、おもしろーい。ぷーくすくす」


 朝飯も食わずに窓から文字通りに飛び出してきた二人は椅子に付き朝飯代わりの軽食を取っていた。


「元の世界では、四階相当の高さを自分から飛び降りるなんて自殺か阿保ですよ」

「言い訳ですか。恥の上塗りですね。」

「何こいつ殺したい。」

「ハハハ、あぁすみません。まぁここだってあの高さから飛び降りれる人はそういませんのでご心配なされずに。」


 手に持ったフォークをくるくると回しクスクスと笑うミレイユ。

 口では悪態を吐きつつも苛立ちよりも恥ずかしさの方が強い憩は目の前の食事を掻き込むことで紛らわせた。

 飯を勢いよく腹に流し込んでいくことでふと思い出した。朝、自身の部屋に飛び込んできた時のミレイユの腹を。


「……ところでミレイユさん、その腹――」

「妊娠しました。責任とってください。」


 ………………………………………………………………。

 結局のところ憩はミレイユに指一本も触れていない。

 当然妊娠したというのであればやっているべきこともやっていない。

 そもそも昨日の今日だ。妊娠しお腹が大きくなるにしても早すぎる。

 しかしどうだろう、ミレイユがこう言っているのだ。男の私が違うと言い張っても事情を知らない人が風に乗ってきた断片的な噂だけを聞くことになれば、それは見苦しい言い訳にしかならないのではないだろうか。

 責任。この場合、私がすべき責任とは何だろう。生まれてくる子の面倒を見ることか?いや、そもそも生ませるということを前提に考えるのは身勝手なのでは?彼女にだって生活がある。それを壊されたくないのでは?子を産み育むということは簡単なことじゃない。どうしたって生活はそのことを中心に回さざる負えなくなる。では、おろす?ここまで大きくなった胎児を?生まれすらしていない者をただ不都合だからと意味もなく殺すのか?いや、しかし…


「……分かりました、責任をもって帝王切開しましょう。」

「てーおうせっかい?何ですかそれは。」


 世界を超えると言葉もうまく通じない。というよりは、今まで普通に会話できていたのにこの単語だけ通じないってことはそもそも存在しないということなんだろうけども。

 憩は片手で腹部を十字に切るジェスチャーを交えつつ、 


「お腹を掻っ捌いて赤ちゃん出します」

「鬼畜ですか貴方は。」


 ミレイユから腐った汚物を見るような目で見られた。おかしい、なぜだ。自然分娩よりも母子ともにリスクは少ないというのに。そもそも腹を開こうが腕を潰そうがこの世界なら一瞬で治せるじゃないか。

 弁解しようと口を開こうとするもミレイユのため息で一蹴された。


「…はぁ。貴方が奇特な方というのは昨日の一件で重々承知いたしておりますが、流石に敵対関係にあるものだけでなく周りの者すべてというのであれば然るべき処置を考えなければなりませんね。それより―」


 ミレイユの宣言に動きを止めるも、一瞬の後には憩は何事もなかったかのように口に食事を運ぶ手を再開させていた。


「よく食べられますね。」

「食べれるときに食べておかなければ動けませんし。何より、城に敵が攻めてきたって言ってたけどそれなら町の飯屋が通常運転しているっていうのもおかしいでしょ。」


 自分の前に出された皿を順調に空にしてゆき、こっちの飯も食えなくはないな等、感想をこぼしていく。


「で、ミレイユさん何をやらかしたの?」

「な、何をおっしゃるのですか。わ、わた、私は何もやっておりませぬよ。」

「いや、いーからそういうの。どうせ食堂に入って朝食全部平らげたとかでしょうけど。」


 ミレイユのぽっこりと膨らんだ腹と、憩と同じメニューを注文したまま手を付けられこともなくテーブルの上に鎮座したままの料理。

 いくらミレイユが少食だと仮定しても食事に一口も手を付けないというのは城で何かを口にしてきたと考えるのが普通だろう。


「……さすがにそんなわけないじゃないですか。」

「冗談だよ、冗談。意味がないのが良いそうだよ。そりゃそうだ、あの城にいったい何人いるって――」

「食糧庫を空にしたら衛兵に追われて」


 ……あの城相当でかいよね。食糧庫を空に。一人で食べきった、まさか!どんな量だよ。


「持ち出した?」

「食べました。」


 おもわず、ミレイユの腹を見やる。確かに妊婦とも言えそうなほど大きく膨らんでいる。がしかし、あの城の食糧庫全てが入り込んでいるほどとは到底…。

 ミレイユがいくら良い性格でいい神経をしていそうでもやはり女性だからか、じっと自身の体を見られるのは恥ずかしいらしく視線を向けられている腹を両の腕で隠すように抱きしめた。


「ちょっ、朝っぱらからセクハラですか!殺しますよ!」


 いや、そんなまん丸の腹に欲情はしねーよ。メイ何とかフィリアかよ。

 ミレイユの(憩からすれば)とんちんかんな発言にいろいろバカらしくなり憩は考えることをやめた。

 これが原因で城の異動がおころうと関係がない。

 

「やっぱりあれですね。転移者様のお付きになれればいろいろ融通が利くようになるって噂は本当だったんですね。おかげ楽に食糧庫に入ることができました。まぁ、そのあと見つかって追いかけられることにはなったんですけどね。でもこの方法は一回こっきりかぁ。なんとか憩様のお力で私の食事を賄えるように王国に話を通してくれませんか?」

「………この方法?」

「あぁ、顛末を察してくれてはいてもそこまではさすがに分かりませんか。いや、ただ普通に転移者様の口に入るものの毒見をしなければって言って食糧庫の番を退かせただけですよ、前回の事もあったので訝しんでいましたが急がなければ転移者様たちの機嫌を損ねるとか貴方の怠慢のおかげでこの国は亡ぶとかなんとか煽れば素早く退いてくれました。その後は朝の挨拶だか見回りだか知らないですけれど偉い人が来てバレましたが、もうすべての事は済んだあと。どろんするだけでした。」


 このメイド普通に害悪じゃないかな。お父さんが兵士長だか騎士団長だか知らないけど、国、傾くんじゃない?

 しかも、前回って前科持ちですか。それでよく重要な任務であろう転移者の護衛兼監視なんて任されましたね。コネか?コネだな。


「何か失礼なことを考えられてますね。先に言っておきますけれど、食糧については王国からの私に対する正当な報酬です。」

「報酬?」

「えぇ、先の戦にて先陣を切り誰よりも多く殺して敵の長と一騎打ちを果たし打ち取りました。それでその戦はこちらの勝利で終了。」

「それで一番の功労者に報奨をって話ですか。それでお腹がすいたから食料を、ですか?」


 全くその通りです。と、ミレイユはにこりと微笑みながら口元をナプキンで拭っていた。

 ふと視線を下げるとミレイユの前に置いてあった食器の上からはいつの間にか料理が消えている。


「まぁ、褒章を与える時期に関しては考えるとのことでお預け食らってましたが。」

「結局、駄目じゃないですか。捕まったり、職を下ろされたりするんじゃないですか。」

「ハハっ。いやぁ、それはないですね。私がいなくなればこの国は戦を行えない。いや違いますね、負け戦しかできないでしょう。何より、私を捕まえられる人がいませんて。」


 この話が本当であればとても面白そうだ。高所から平然と飛び降り、ありえないほどの食事量、昨日のハイキックにしてもそう。魔族だのエルフだのそもそも見た目が違うものどころか、人族という見た目が何も変わらないものですら元の世界とは違うものらしい。


(まったくこっちの世界は面白そうなことがいっぱいですよ、先生。)

 

 元の世界では絶対に巡り合うことのできなかったであろう事柄に未だ見ぬ生物たちに憩は思いを馳せ、心の中を期待に膨らませていた。

 

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