ほら、ジェットコースターとかで最初の落下って妙に長く感じるじゃん?あれだよあれ
君、頭いいんだって?」
すぐに夢だと分かった。
「さあ?」
私の一番大切な思い出。
「周りの人が何を言っているのかわからないと、そう言ったそうだね。」
どこで会ったのかそれすらもおぼろげなのに会話の内容は今でも夢に見る。
「僕が飛びぬけて馬鹿だから理解できないだけじゃない。」
夢で見るというのは第三者視点で見るのと変わらない。若い自分を見せつけられるのはどうにもこそばゆい。
「なるほど、その通りだ。」
先生も愛想よく快活に人とおしゃべりをするようなタイプではない。
先生は適当なことは言わない。それが例え糞生意気な子供に対してでも必ず真剣に考えて答えてくれる。興味を持つかどうかは別だけれども、結局先生はいらないところでも糞真面目だったんだろう。
ほかのやつらみたいに説明してあげると余計にややこしく話すこともなければ分からなければお前にはわかる必要がないことだと無責任に放り出すこともせず、初めて本当の意味で先生は私に合わせてくれた。
「とりあえずは私とは話ができているようだ。」
でも、このときの私はひねくれていた。
「私に合わせられても、どうせ私が僕や俺になったら合わせきれない」
この生意気な言い訳いや反抗かな、に先生はなぜか興味を持った目で私を見た。
「ほう、多重人格かね。それも聞いているよ。しかしどうだろう――」
「僕の場合は記憶を共有している点を見ても一定以上の統合を取れているから多重人格ではないって?もう聞き飽きたよそんな言葉。」
「いいや、そもそも本当の意味で単人格者がいると思うかね。」
先生はたぶんこのときたまたまそっち方面に興味を持っていただけなんだろうなとあとあと知った。
「人格や性格と言われるものがその場の状況や今までの経験の蓄積等の情報によって最善だと脳が思考した結果の行動だとすれば、同じ状況を与えれば他人でも同じ思考かつ同じ行動になるはずだ。」
「いや、それはおかしい。個体差は存在する。それに同じ人生を辿った人なんているわけがない。」
「もちろんだ。でも、それは個々人でも言えるだろう?肉体は時間経過によってその能力を落としていく、記憶や経験にしても記憶の欠落は避けえない。」
「とどのつまり、昨日の自分と今日の自分、明日の自分は同一の人格ではないと?」
そのとおり、と先生は満足したように笑い手を叩く。
対して、小さい俺は顔を真っ赤にして声変わりのしていない嫌に高い男の子の声で叫ぶんだ。
「馬鹿にしてるんですか!」
「大真面目だが?」
「どちらにせよ、僕の症状とは関係がない。そんな子供だましのお話でうまく丸め込もうっていう父の判断ですか。」
「症状?何か患っているのかね。」
「またそうやって!」
「冗談だよ。君はもっともっと世界を見た方が良い。君も言っていただろう個体差は存在する。君の長所である多重人格を存分に使うと良い。」
「私のこれが…長所ですか?」
「その通り。一つの事象を一人でいろんな角度から検証、考察できるのは長所としか言えないだろう。それとも、違う人格と言いながら同じ状況から同じ思考をし同じ行動を取るのが君の多重人格かい?」
このときの私は言葉が返せなかった。私にしろ俺にしろ僕にしろ自身の別人格の行動を後で省みても、それ自体が間違っていると思ったことはなかった。
自分の行動は自身の選んだ答えだと言えた。
それでも、私なら俺なら僕ならこうするという考えはいつだって付け回った。
「確かに全員が全員の答えを考えを持っています。」
「素晴らしい。願わくばその…君の言葉を借りれば病態が治らないことを。私はそう思うよ。」
話が通じないと罵倒された、気分屋だと謗られた、天才の言うことは分からないと誉められたようでその実貶められた。
思考が変わる、考える脳の回路が変わる。自身が悩んでいたものが肯定されるなんて思ったこともなかった。
「さて、長くおしゃべりしたね。興味がわいたなら私の研究所に来るといい。それなりにこき使うが、世界は広がるだろう。」
簡潔にそう言うと、研究室の場所を書いたメモを手渡すと先生はすぐに立ち去ろうとした。
初めて本当の意味で会話ができる人だと思った。相手に合わせる必要がなく僕が私が俺が話したいと思ったことをただ口にするだけでこちらの意を汲むことができる人だと。
だから、せめて
「あ、あの!」
「ん?なんだね。」
「名前は。」
「西…いやDr.westと名乗っておこう。」
※※※
バタバタと扉の前の通路を忙しなく走る音で目が覚めた。
昨晩はミレイユに持ってきてもらった紙とペンで昨日の事柄をまとめたところで眠りについた。もちろん、王様が言っていたようなメイドの仕事をミレイユはする素振りを欠片も見せることはなく夕食のあと紙とペンだけ持ってきてそのまま部屋を出て行ってしまった。
朝早くからドタバタと騒々しい。何かあったのだろうかとここで出された寝間着からいつもの服に着替え様子を見に行こうという所で
「……っ!憩様…っは…おはようございますっ…もう起きていらっしゃたのですねっ…!」
ほぼほぼドアを蹴破るような勢いで息を切らしたミレイユが飛び込んできた。
その姿はメイド服ではなく動きやすそうな軽装であり、悲しいことにチラリズムの欠片も存在しない。
露わになった筋肉質な腕や足はそれはそれでフェチズムを奮起させるものがあったが今はそれよりも目につくものがあった。
腹だ。
あれだけ無駄をそぎ落としたという表現がしっくりくる体で腹だけがぽっこりと大きくなっていた。
「おはよう。昨日までそんなにお腹でて…」
「そんなことより、今は急ぎます。逃げますよ。敵はそこまで迫っています。」
昨日の城の中を案内しているときの澄まし顔は欠片もなく、今のミレイユの顔は焦りに満ちていた。
敵。敵とはだれか?聞くまでもない。昨日の王様の話、私たちが召喚された理由から考えれば人族の以外の何かだろう。
もちろん、人族が一枚岩であればの話だけれど。
兎にも角にも、敵がだれであろうと急いで逃げるという選択は変わらない。ここの国の兵士がどれほど戦えるのかは知らないけども、少なくとも今反撃できる転移者はいないのだから。
「…でも、どこに逃げるんだ。すぐそこって通路にもういるんだろ?」
「えぇ、その道はもう使えません。見つかってしまえば捕まるのも時間の問題となってしまうでしょう、……私一人ならば別ですが。」
「おい。」
「冗談ですよ。というか、本気で一人で逃げるならそもそもここに来たりなんてしませんて。」
手の甲で額の汗を拭いつつペロリと舌を見せつつミレイユは笑う。
ひとまず部屋の中に入り息を整えることができたおかげか、冗談を口にし笑うくらいの余裕を取り戻せたようだ。
「割と余裕があるようでよかったよ。疲労にも効果があるのか分からないけどヒール使おうか。」
憩は軽い気持ちで言ったが、ミレイユは渋い顔で難色を示した。
「げっ、あれですか。いや、要らないです。なんとなくあんなグロイものに使うようなのをちょっと疲れを取るため、なんて気軽に使ってもらう気がしません。」
「そうか、いらないならそれでいいな。で、実際どう逃げるんだ?もう足音だいぶ近づいてきたけど。」
「それは大丈夫です。準備は良いですか?良いですね、じゃあ行きます。」
言うが早いか、ミレイユは憩を小脇に抱え部屋に一つだけある窓から飛び降りた。
(……、ここ、三階かともなければ四階だったような?)
勢いよく飛び出したミレイユに抱えられた憩は下に落ち始めるまで恐怖を感じる間もなく、意外にも心は落ち着いていたという。
「いぃいぃいいいやああああああああああ―――――――――!!!」
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