物事の道理だの在り方だのとにかく仕組みや原理って大事
「…2212 2122か。」
「へぇ?何のことです憩様。」
エルフの歯を全て抜き終わった憩がやり遂げたため息とともにこぼした言葉をジョニーが拾った。
「いいや、なんでもないよ。改めてこの世界は素晴らしいと思っただけ。」
あと様なんてつけなくていいと、憩は今さっき取った歯をつまみ観察しながら気のない声で漏らす。
ひとしきり指の先で弄ぶと持っていた歯を、几帳面にも台の上に並べておいた歯の列に戻した。
エルフの姫君と目を合わせるように憩は屈む。
対して、その姫様は瞼こそ開かれているとはいえその瞳は焦点を合わせているようには見えず、あれほど呻いていたのに、もはや口を閉じる力すら残っていないのかだらりと舌を口腔内をさらけ出している。
「痛み刺激なら絶対鎚や鋸の方が効くと思うんだけどなぁ。まさかこんなになるなんて」
どこか芝居がかって、どこかわざとらしく語り掛け、なおも言葉を重ねる。
おーい、だいじょーぶですかー。そうだいいこと思いついた。ボブ、鏡!鏡持ってきて。
「さてさてさて、目が開いてはいるけど見えてるかはまた別問題かな。まぁいいや、ほらお姫様今の自分を見ると言い。すごいな、流石麗しいエルフの姫様だ。歯を抜かれて口周りが皺皺になっても醜い人族よりは…よりは…、うーん、見た目年齢で同じくらいの年頃の人族探せば今のあなたよりはきれいな人いそうねって。ぷふっ」
持ってきた鏡をエルフの真ん前に自身の顔が見えるようにボブに持たせ憩はそもそも意識があるのかも分からないエルフに語り掛けるように失笑した。
その笑いにつられて堪えていた二人もつい吹き出してしまう。
そもそも、エルフは老いとはほぼ無縁である。
不老不死、老いることがなく寿命というものがない。憩としては後に知ることであるが、子供姿の者は子供のまま、成人した姿の者は成人のまま変わらずに存在すると言われている。
故に、エルフに老人は存在しない。
「……っぅ、ぅぅぅぅぅうう……」
美と誇りを第一として、それを支えに気丈にふるまっていた姫君は。
最後に家族との思いに逃げたエルフの少女は。
自らを別人のように見立ててまで逃げて逃げて逃げつづけ。
痛みと死ねない苦痛の末、自らの…いやエルフとしての尊厳まで脅かされそうにまでなって。
このときどのような思いで涙を流したのだろうか。
「さてと、じゃあヒールっと……あれ?」
ここまで来れば慣れたもので、先と同じように回復魔術を使いエルフの口を治そうとしたのだが、
「……新たに歯が生えるということもなく、傷口だけが癒着している?」
砕けた骨、破けた皮膚、切断された骨までどんな重症でも今まで傷一つ残さずに治すまさに奇跡とでもいうべき御業がここにきてその不完全さを露わにした。
「うぁああぅ!?うぃあ!ぃいあああ!!!」
誰もがその異常を理解したなかでどう反応を返せばいいのかリアクションを取りあぐねているなか、一人この状況を理解することを拒んだエルフの少女が一番に叫び声をあげた。
歯が抜けたことでうまく発音できずどうにもおまぬけであったが、その声は……良く言うならばとても情熱的であった。
もっとも、その情熱の熱を一番多く向けられているであろう憩は癖なのか親指を噛む仕草のまま何かぶつぶつと考え込んでいたが。
「サイセイスルモノシカシナイ…? サイセイヲソクシン・・・・・・? イヤ、ホネハヒールガキイテイタヨナ? コウギデハハモサイセイ…。
なぁおい。ミレイユ、回復魔術っていうのは何でも回復できるわけではないのか?」
憩は仕草を変えることもなく、またぶつぶつと呟くのも止めずに器用にも話したい部分だけ声音をあげた。
ミレイユもこの惨状に慣れてきたのかそれとも割り切れたのか今度はちゃんと声を出して答えることができた。
「仰る通り万能ではありません。そもそもちょっとした傷口を完全に塞げるようなものでも高慢ちきな態度をとる阿呆が罷り通り、切断された腕をくっ付ければ崇め奉られるものです。先ほどからの憩様の回復魔術は異常です。このガリもそりゃあ閉口するってものです。」
「こらこら、いきなりこちらを罵倒するんじゃありませんって。…しかしまぁミレイユの言う通りですよ、砕けた骨も大量の出血ですら転移者様のヒールを掛けられた後にはピンピンしてやがるじゃありませんか。それも連続で回復魔術をお使いになられる。正直な話、聖剣の在処を吐かせるよりも重大な情報ですよ。」
後ろで(おそらく)口汚い言葉が叫ばれているなか、おおよそ手放しで誉められているのにいるのに憩の顔はあかるくはない。
陰気な顔でぶつぶつと抑揚のない独り言をつぶやき続けている。
「ソモハナンカハエテイナカッタヨウニキレイニ…。バンノウデハナイ…ハハモドセナイ?
骨も治せた、皮膚も、状態を見るに血液だってもどせてるのに歯は無理?いやいやいや、万能じゃない?ふざけるな、治せるなにか方法が。」
陰気な顔がさらに青くなっていく。
呟き声で何を言っているのかも分からなかったものがどんどんと声が大きくなっていき聞き取れた。
焦っているのか額には汗を滲ませている。
その様は重篤な怪我に苦しむ患者を前にうまく治療できずに頭を抱える医者そのものだった。
少なくとも先ほどまでの残虐行為を笑いながら行っていた人物と同じ人とは思えない。その豹変を気にかけた痩躯の男が声をかけようとしたそのとき。
「……ボブ、ジョニー。もう少し手伝ってくれ。」
ボブにはそのまま鏡を持たせ口腔内に光量を確保できるように指示。ジョニーには口の中を自由に刻むための極小型の刃物を持ってきてもらいのちに補佐をしてもらうことに。
そこまで小さいものとなると今ここにはない、とのことでジョニーには悪いがひとっ走り取りに行ってもらった。どうせならきれいなものをと念を押すと多少首を傾げていたが特に文句を言うこともなかった。
未だに罵詈雑言とはわかるが何を言っているのかわからない声を口から発し続けているエルフの少女。憩はそのエルフの口を固定していたバンドにゆるみがないかを確認しつつ、
「それだけ元気なら大丈夫だな、やっぱりヒールには一種の興奮作用もありそうか。」
戻ってきたジョニーから刃物を受け取ると躊躇なくエルフの開かれたままの口の中に突っ込んだ。
ぷっくりとした歯など元から生えていなかった言わんばかりの歯茎を歯の生えていた位置をなぞる様に切り開いてい行く。
作業を行いながら憩は独白するように言葉を発した。
「元から新しく生えてなんていなかったんだ。血が辺りを汚したままだから見落としていた。」
台の上にきれいに並べられた歯を丁重に掴むとエルフの口の中へと持っていく。
無理矢理食べさせられると思ったのかエルフは今まで以上に叫び嫌がるそぶりを見せた。
やはり自身のものとはいえ血にまみれた歯を口に入れられるというのは嫌らしい。とはいえ、
「挫滅した毛細血管もヒールでつなぎ合わされてるようだし、物さえあれば骨柱も再生する…はず。」
その程度でやめるようであれば、もっと前に終わっていただろう。
やがて歯を上顎、下顎ともに刺し終わるとあらためてヒールを掛けた。
「切断したものはくっ付いた、生えてはいない。砕かれたものは元に再生したが、骨片は辺りに残っていない。」
そうするとどうだろう、歯を異物として弾きもりもりと歯茎が再生していくなんてこともなく、開かれた歯茎は歯の根元を囲うように傷口を閉じていきやがて口腔内には歯がきちんと並んでいた。
「…思い付きだったけど存外うまくいったな。さすが異世界、素晴らしい。」
物を噛んでも大丈夫なように歯がしっかりと固定されているか。それを確かめるためにエルフ口内の歯を掴み確認する。
しっかりと生え揃っていると認めると憩はボブとジョニーには仕事を労い、エルフの口の拘束バンドをはずした。
「みんなお疲れさま、エルフさんも疲れたでしょ、長い間口を開きっぱなしにされてさ。」
「……っ!!」
そんなことじゃない、そんな程度じゃない、お前に言われたくもない。
言いたいこと、ぶちまけたいこと、泣き言だってある。言いたいことは山ほどあるが言葉にならない、今の憩のたった一言で頭に血が上り感情が揺れる。
ふざけるな!ふざけるな!!ふざけるな!!!!
けれど、ついぞ言葉になることはなく、強く強く歯を食いしばる。
その歯すらこいつに治されたことに嫌悪感を抱いて。
「あぁあぁ、そんなに強く食いしばったらだめだよ。また折れちゃうか最悪抜けちゃうよ、なんていうか病み上がりみたいなものなんだし。」
「あ、貴方にそんな心配をされる覚えはなくってよ。」
「ハッハッハ、抜歯前はあんなに弱気だったのに今はずいぶんと強気だね。」
神経をさらに逆なでされ、余計なお世話だとエルフは吼えるが対する憩はむしろ意気が良いことに喜ばしげだ。
何を言ってもこの狂人は喜びそうだとエルフは口を噤むことを選択した。
「あらら黙っちゃった。ま、いっか。ここの責任者の方も満足げですし、今日は終わり。」
私の部屋に案内してよとミレイユに声をかけ、階段へと向かう。
そうだと、何かを思い出したように振り向くと
「また明日ね、エルフさん。明日は名前を教えてくれると嬉しいな。」
そう言い残すと振り返りもせずに階段を上がっていき、ミレイユは音もたてずにその後ろについていく。
その夜、エルフは戻された牢屋で全てを打ち明けた。
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