つらい時も笑うといいらしいよ

 正直なところここまで悲惨な光景を見ることになるとは思っていなかったのか、相応にショックを受けていたらしいミレイユは異常者たちに混ざって楽しそうに指示を出していく憩から急に声をかけられ反応はできても声は出なかったらしい。口をパクパクと何度か動かすと声が出ないと理解できたのか幾分に焦りを感じさせる挙動で首を何度も縦に振っていた。


「一応、レポートに纏めておかなきゃあとで先生に伝えるとき面倒だからね。

 さて、姫さま。一応今日はここでやめにしようと思うんだけど何か言いたいことはありますか?」

「……貴方達みたいな蛮族に話すことなんてないわ。痛めつけるだけでは私の心は折れません。」

「痛めつけるだけでは、ね。」

「えぇ、えぇ!そうよ。私はこんなことでは屈しません。高潔で気高いエルフの血にかけて!!」


 宣言するようにエルフの姫君は声高に叫んだ。

 その宣言は己が意思の宣誓か、あるいは挫けそうな自我への叱咤か。いずれにせよ勇ましく振舞う姫君に慄くものはこの場にはいなかった。


「汚れなく清くて品が良い。他称ならともかく自称するのはどうなんですかね。」

「醜く狡猾な人族らしい揚げ足とりですね。」


 そうですかと受け答えると口元に手をあて少し憩は考え始めた。

 すると十秒もたたずに口を開きこう答えた。


「うん、それではこれから拷問に移りますか。」


 ボブ、ジョニー、この姫様の口を開かせてと指示を飛ばし、自身は道具の中から自分のやりたいことのできそうなものを探す。

 その言葉を聞いて目を剥いたのがとうのエルフの姫様だ。

 今日はもう終わりだって言ったじゃない。

 これから拷問に移る。では、今までのは何だったの。

 嘘つき。嘘つき嘘つき!!やめて、やめて!!


「嘘!嘘よ!!あなた今日はもう終わりだって言ったじゃない!!嘘だったの、だって」


 人は意外と終わりが見えているならば耐えられるものだ。そもそも終わりが見えていなくても覚悟ができているのならあきらめられる、覚悟のために命すら捨てられる。

 でも、甘い蜜を、苦痛の出口を手の届く位置に置かれると人は飛びつかずにはいられない。どうしたってどうあがいて否定したところで手は伸びる。するとどうだろう、あれほど捨てても構わなかったものが急に惜しくなる、捨てられない手放すことができない。


「嫌、嫌よ。だめ、嫌です…嫌なの」


 耐えきった、しのぎ切った。これで終わった。その安堵が達成感が、続く苦痛をもっとも嫌う。


「醜く狡猾な人族で、高潔で気高いエルフ族…。ムカつきました、エルフの姫君貴方を貶めたい。」


 ちょっと散歩に行きたいというような気安さ、今にも鼻歌でも歌いだしそうな朗らかな笑顔。

 手に持つものはペンチ。針金を曲げることや折れた釘を抜くために使うような大きなものではなく、狭いところににも入り込ませることできる小型のもの。こちらの技術ではそこまで細かい細工ができないのか持ち手に滑り止めのゴムがまかれているわけでもなければ凹凸をつけられているわけでもない。さらに言うとギンナンもなければ切るための刃もついておらず本当に何かを挟むだけの道具だ。


「待って!待ってよ、さっき言ったことが気に障ったのなら謝ります。ですから…」

「言ったでしょ。これは拷問だって、私たちがききたいのは果たして謝罪の言葉かな?」

「そ、それは…でも、」

「うんうん、そうですよね。なんてったってエルフ族の誇りに懸けてるんですもんね、それに里にはまだ多くのエルフたちがいるのでしょうし。まさか仲間を売ったり危険にさらすなんて人族でも下劣な行為をなさるわけがありませんよね。ましてや自分が助かりたいがためだけに。」

「も…、もちろんですわ。」

「素晴らしいと思います。少なくとも私には真似できません。しかし、それでは不毛ですね。貴方は口を割らないのなら私たちがいくら拷問しても無駄でしかない。」


 一筋の光を見つけたと言わんばかりにエルフの目に光がともる。顔に喜びの感情が表れる。機会を逃すまいと縋りつく。


「そうですわ。いくらやっても意味なんてありません。その労力も時間も無駄にすることは…」

「まぁ、いくらやりたく無かろうとやらなきゃいけないのがお仕事ですよね。ぷぷー、流石エルフの姫様、可愛いね。」


 小馬鹿にしたように笑い、ボブとジョニーに再度指示を飛ばす。

 エルフの嘆願に特に怒るでもなく返事を憩が返したため空気を読み待機していた二人は今度こそ、その大きな手で彼女の頭を顎を掴み無理矢理開けさせフックのついたバンドで口を閉じれないように固定した。

 こんなバンドもあるんだと、二人係で押さえ続けてもらおうと思っていた憩は感心すると、口を大きく開けさせられ口蓋垂のどちんこまで丸見えにさせているエルフの姫君と目を合わせ


「今から行うのは抜歯です。さっきみたいに体を潰されることや端から切り取られるよりもよりもより良い音が聞こえるよ。痛みが凄すぎて音どころじゃなかったでしょ?こう、ごりずりって骨を擦られる音が骨伝導で耳に伝わるのは結構来るものがあるよ。

 痛みだけでなく別の方面からも責められるのはこれのいいところだと思うんだけれども、少し拷問としては問題があってね。」


 エルフの姫は話を聞いているのかいないのか。

 手足だけでなくついには顔まで固定され縦に振ることも横にゆすることもできない状態になっている。

 常に開かれた口からは呼吸に合わせて震えており綺麗なピンク色の口腔内は艶やかにすら思わせる。


「そう、そっちが何か伝えたくても分からないんですよ。」


 HAHAHAとこの場にいるうち三人から笑いが起きた。

 それは作り笑いのようなものではなく、面白いジョークを聞いたときのように本気で。


「でもまぁ、口を割ることはないそうですし、問題ないですよね。エルフの誇りに懸けてね。」

「ぅぁえああああ、ぁぁああああああ……」

「HAHAHA、やめて、嫌?ちょっと何言ってるかわからないですね。」


 目じりから涙を流し、言葉にならない声で訴えかけても何が変わるわけでもない。

 意識のないものが、痛みの概念のない無脊椎動物が羨ましい。

 つらい、生きていることが。どうして生きているの。

 なぜ私は。

 生きることに意味なんてあるの。

 

 ゴリ、ズリ、べき、ぶち

 

 どうしてこんなことに。どうしてこんな目に。

 姫君は考える。苦痛により無限とも錯覚しそうなほどに延ばされた時間で彼女は考える。

 私の名前、リリシア・サクサルース。

 

 ペキ、ズル、ぶちゃ


 住んでいたところ、永劫の森。

 家族構成、お父さん、お母さん、妹そして私。

 

 ぐち、ぶち、ずるん


 ……私がいなくなったこと、心配してくれてるかな。

 探してくれているかな。

 助けに来てくれるかな。

 

 ずちゅ、ずち、べち


 あぁ見て、お母さん。あの椅子に縛られた私が汚い人族に歯を取られてるよ。

 お母さん?あれどこ?

 お母さん、おかあさん、おかあさん…


 ガッ、ガッ、べき


 …………………………

 ………………………………………

 ……………………………………………………


 グッ、グッ、ズルッ!


 あははは、あははっはははははははは、はははははははははははははははは

 はははははははははははははははははははは

 あああああ、あああああああああああああああああああ、ああああああああああああああああああああ

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