思い出は綴るもの

 憩の言葉に呼応するようにボブとジョニーは各々得物を手にした。先ほどまで使っていた痛みが強くなるべく殺してしまわないようなものを選んでではなく、それぞれが好きな得物を。


「待て、待て待て待て!お前らそんなの使って情報吐かせる前に殺しでもしたら!!」

「その前に回復させます。絶対に殺しません。いや、殺させません」


 痩躯の男の抗議もむなしく、憩は宙に出ている画面を操作するように手を振っている。


「なるほど、これは便利だ。何が使えるのか一目でわかる。この呪術というものが何なのかも気になりますけど、とりあえずは後ででいいか。」


 痩躯の男は憩を止めるのは無理だと判断し、部下である男二人を止めることにした。

 しかし、痩躯の男の命令も聞く気がないのか男二人は作業をやめようとしない。


「今すぐ手を止めろ、俺の命令がきけないのか!!」

「前々から思っていたんがよ、あんたこの仕事向いてないよ。」

「そうだな、なんというか甘すぎる。」


 痩躯の男に対し顔を合わせることもなく男二人はぼそりと言う。

 どうやら痩躯の男に対する部下二名の心象はあまりいいものではないらしい。とは言っても、頭のおかしい人からの心象なんてよくない方が良いのだが。

 ボブは大きな鎚をジョニーは切れ味の悪そうな鋸を手に、順番はすでに話し合った後なのかボブがよどみなくエルフの前に歩み寄ると十分な重さがあるだろうそれを、まったく重そうだと感じさせない自然な動きで振りかぶりそして、振り下ろした。


「――――――――――――ッ!!!」


 それは悲鳴だったのだろうか。痛みに耐える呻き声か。でなければ、確実に死ぬそんな一撃に対しての歓喜の嬌声か。

 いずれにしてもそれは声になっていなかった。いいや、確かに声だろう声帯振るわせて口から出ているんだから。

 それでも、それは声とは思えない、思いたくもない音だった。

 未だ音の出続けるなか、鎚を振るった本人はそれを愛おしいとでも思っているのか口角を上げ楽しんでいる。

 さぁ、二度目をとでも思ったのか男は鎚を持ち上げた。にちゃっと鎚の先端からは赤い肉と血がこべりついている。


「ヒール」


 憩はエルフに手をかざすと呪文を唱える。

 いつもと同じ調子で。

 目の前を飛び散る血にも肉にも、赤い合間から見える白にも特別何かを感じているようには見えない。


「うん?やっぱり肉体の損壊の度合いによって魔力の消費量が変わるのか。さっきよりも疲れがひどいような。」

「おいおいおい、待ってくれよ。俺が一撃で殺しちまうわけないだろう転移者様よ。いちいち回復されたんじゃ興ざめだぜ。」

「それはすまないね。私もいろいろ試したいことがある。なに先は長い、次も思い通りにやってみてくれ。」


 ボブは大仰に肩をすくめるが、それでも今までのどれよりも楽しめるということが魅力に思えたのか。素直に憩の言葉に従った。

 おおよそ人に対して使うために作られたとは思えない鎚はまたその用途とは外れた目的のために振るわれた。


「…ま、まって」


 何かが聞こえたがもう遅い。

 振り上げ、振り下ろされたてしまったそれはたとえ振るった本人が止めようとしてもそれは不可能なのだから。


「グゥゥゥゥゥ――――――っっ!!」


 慣れだろうか。これは間違いなく呻き声だろう。一度目の音は違う。人のそれだ。

 女は苦痛に顔を歪めていた。

 しかし、自尊心かそれとも彼女の言うエルフの誇りからか歪めた顔に無理矢理口角を上げ嗤い喚く。


「―――――痛いいたいいたいいい、っふふふ、死ぬ。死ねる…っふふ。」


 実際そうだろう、骨盤を半分潰した形だ。通常、痛みでショック死をしていてもまったくおかしくない。こちらの世界の人が痛みに強い耐性があるのか、エルフがそうであるのか。

 それとも、単純にこの変態の経験の積み重ねによる技術か。


「一度で終わらせちゃあつまらないだろう。つってもこの得物だなかなか難しい、それでも最近は二撃いや三撃までは行ける自信があるぜ。」


 どこか誇らしげにボブが言う。好きな遊びをして興奮している子供と何も変わらない。上がったテンションを隠そうともせずにボブははしゃいでいる。

 もちろん口が動いているからといって動作を止めているわけではない。友達相手に得意なゲームを自慢しながら遊ぶような気安さで次の一撃を振り下ろした。


 かふっと音が聞こえた。潰された肉が中を押し込み肺から空気を玉突きのように押し出したのだろう。

 エルフは痛みに耐えかね気絶したのか、いやむしろ死んだのか。見開かれた目は閉じることもなく血走った白目をむき出しにしている。

 痛みの信号を受け取った脳からのあるいは脊髄からの最後の命令を律儀に果たしているのか手足はぴくぴくと震えている。


「ヒール」


 潰れた組織が砕けた骨が映像の巻き戻しを見ているかのように復元していく。


「ボブ、次は四肢のどれか、そうだね左足をやってもらおうかな。」

「オーケー。」


 特に従わない理由もないと肯定するボブ。

 鎚を振り上げようと腕に力を込めたところで甲高い声で横やりを入れられた。

 

「やめて!!おかしいじゃないこんなの!こんなこと人のやることじゃない。だいたいあの傷よ、死ぬでしょ普通!!いくら回復魔術って言ったって!!どうして生きているのよ。」


 ヒールというのはいわゆる精神力や気力といったものも回復させるのだろうか。エルフは身体こそ傷の一つもないとはいえ随分と元気に吼えたてる。

 ボブはどうするべきかと憩の顔を伺った。こちらのほしい情報ではないとはいえ、ようやく対象が少なくとも話をしようと口を開いたのだ。たとえそれがこれからされる行為を嫌がっての遅延行為であろうとまず会話ができるという段階まで持って行けたそれは肝要である。


「ん?あぁいやボブさん、気にすることはないよ。続けて」

「嫌、いやいやいや待ってちょっとちょっと待ってよ!!やめて、痛いの!!!死ぬ、私死んじゃうよ?私から情報を得るための拷問でしょ、意味なくなっちゃうよ?じゃなければ殺してよ。」

「ボブ、続けて。

 悪いね、エルフの姫様。もうそんな途中でネタ割れば良いって前任のやり方とは違うんだ。切りが良いとこまではやるつもりだからそのあとで何か話したいことがあれば話してよ。大丈夫、命は保証するから。だから、ちょっと手伝ってよ。」


 痛いだとか熱いだとかそんな言葉すら生きていることが前提で今の状況では愛おしく感じる。

 死ぬ。少なくとも二度私は死んでいる。エルフは頭で実感がわかずとも体が理解し心が恐怖していた。

 事実、回復魔術と言えども万能ではない。致命傷を追えばあるいは術師のレベル以上の怪我であれば治すことなどできないし、当たり前のように死ぬ。

 腰を鎚で砕かれてまだ生きている?おかしいおかしいおかしい。

 最初に使っていた丁寧な言葉づかいも何もなく、支離滅裂で必死さを隠そうともしないエルフの思いもすげなく憩は流した。

 それからは、そう語ることはない。手足を粉砕し再生し、また粉砕させ今度は再生中に再度粉砕する。似たようなことをボブがもう鎚を振るえないと泣き言を言うまで続けると、こんどはジョニーにまずは指を切断させ再生、次は手首からその次は肩口から、そして開腹してまた再生。

 首こそ今回は落とさなかったが、それもあくまで拷問中というお題目であったがためだ。


「紙とペンくらいこっちの世界でもあるよな。あとで私の部屋に持ってきて下さい、ミレイユさん。」

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