エルフだからエロカワってことでいいよね
「華々しい活躍を期待される転移者さまがこんな汚いもの見る必要もないと思うんですがね。」
痩躯の男を先頭に城の地下へと続く階段を下りていく。
石を積み重ねられて作られた壁には等間隔に燭台が設置されており、ゆらゆらと蝋燭には橙色の炎が灯されていた。
そこを行く三人の影は幾重にも重なり動きとても人の動きとは思えないそれはどこかおぞましい怪物を連想させる。
「俺としてはせっかくの異世界ですからね。このまま帰れずにのたれ死ぬか帰れるかは分からないし、もし帰れた時のために先生にどやされないようにしないと。」
痩躯の男は歩みを止め、振り返る。
このとき男は自身が勘違いをしている可能性に気がついた。だから、この先に連れていくのをやはりやめようとした。
「このミレイユさんが僕のメイドになったというのも僕がこの城の中を案内しろと言ったのも本当です」
だからあまり怒らないで上げてください。この転移者はそうあの場をなだめたのだ。
ミレイユが興味本位で転移者のメイドという立場を利用して覗きに来た。それで間違いないだろう。「城の中を案内」なるほど咄嗟のウソか本当かは知らないがなるほどうまい言い回しだ。
「そうですかい。じゃあこっから先は肥溜めをさらに煮詰めたようなもんだ見学するこたあないさ。ミレイユよ一応言っとくがもうここに来ようとするんじゃありませんよって。」
どうせ言っても聞きゃあしないとおざなりに。
今日も今日とて憂鬱な職場へ向かおうと階段へ一歩踏み出したその時だ。
「聖剣の在処。心当たりってこの先ですか?」
おもわず驚いて、階段に向けた足を止めた。
転移者のこちらではあまり見ない黒髪に平たい顔を見て「あぁ、そうか転移者か」と納得した。
「あの王様が何か言っていたか。」
問うわけでもなくただぽつりと口から漏れた。
「いやいい。どうでもよかった。分かってんなら話は早い、自分の武器の所在が気になるだろうけどよ大人しく待ってな聖剣使いさん」
「違う、俺は回復術師だ。」
「そうかいそうかい、ならなおのこと関係もないだろう。」
確かに重要な機密ということもあるがそれ以前の問題だ。たしかに必要なことではあるのだが。
あんなものこんな若いやつらに見せる必要もない。それどころか知る必要すらない。
「いやこの先に興味がある。」
てっきり男はこの転移者がこの先に何があり、何が行われているのかを分かったうえで見てみたいと言っている変態だと思った。
痩躯の男の思考に誰が文句を付けれようか。
最初は聖剣の情報を知りたがる聖剣使いだと思った。
しかし、それは否定され、ならばと切り捨てようとしたのに追い縋られた。
ははぁ、こんな糞の極みだと思っていた仕事も世界も超えれば好む者もいるものなのだなと。
そこで冒頭に戻る。
ただの変態野郎かと思えば理由がセンセイにどやされるからだと。ハハハ良い冗談だ。
「君は本当にこの先に何があるのかわかっているのですかね。そんな先生にどや……」
「大丈夫です。たぶんここから始めるのが一番やりやすいので。先生も天才でしたから、余計なしがらみなど気にせずに一番効率のいい道を選ぶ人でしたので。」
その言葉の真意は痩躯の男には、いやそばで聞いていたメイドのミレイユもよくわからなかった。
だとしても、分からないのであれば分からないなりに考えることはできる。
が、
「……、いやいいや。無関係なものならいざ知らず、ほかでもない転移者さまだ。別に見せるなと厳命されてるわけでもなし。希望されるならその希望した人の責でしょうて。」
そもそも生まれも育った世界も違うのだ。理解しろ、想定しろというほうが無理というものだ。もしそうしろというのであればその世界の者を連れて来いというのだ。本末転倒だがね。
「お気遣いどーも。それよりも階段の上には見張りはいなくていいんですか?」
「階段の上ぇ?牢に入ってるもん達の監視はいるが外からのなんてわざわざ警戒してねえですよ。出たい奴がいても入りたい奴はいないですからね。そもそもこの王城自体の警備が屈強だ。警護の目を掻い潜って入ること自体が難しい。」
憩という転移者は階段を下りる歩みを止めはしなかったが、口を開くことは数舜、少なくとも痩躯の男が気になり声をかけるくらいの間は止まっていた。
「転移者の旦那?」
「ん…、あぁいやその通りですね。」
気のない返事に多少いらだつことがないわけでもなかったが。いちいちそんなことにかみついていても仕方ないと痩躯の男は大人の判断という怠慢を働いた。
とはいえ、痩躯の男も普段はしっかりと仕事をする男である。本人曰く糞みたいな仕事を。それを続けていた弊害かあるいは恩恵か、彼には人を見抜く目が養わられていた。
一目見ただけであぁこいつはこういうのを大事にしているんだなとか、こういうのを貶められるのを命を懸けられても嫌がるだとか。なんとはなしに読めてしまうのである。
その眼をもってなおこの転移者である男の真意を測りかねていた。
最初の直観と推察通りにただの変態か。
どちらにせよろくでもないものには間違いないだろう。
※※※
エルフの女が鎖につながれていた。
手枷、足枷が肌に食い込むのを気にしている風もない。
いや、気にしている余裕がない。
女は傷だらけだった。手も足も顔も、おおよそ体のすべてに痣や擦過、切り傷が存在していた。
エルフを象徴すると言っていい尖った長い耳も折れ曲がっている。
殺す気のない苦しめるための暴力。ぐったりとして動かない姿から随分と長い間ことは続いていたようだ。
動くのもともすれば息をするのですら苦痛を感じるのだろう、蹲り背を丸め痛みに耐えながらゆっくりと呼吸をしているのが見て取れる。
それなのに、彼女の目は諦めにも絶望にも染まっていない。
「と、まぁこんな仕事ですかね。どうです、お気に召しましたか?」
ほかの誰でもない目の前のボロボロの女こそがすべき諦めや絶望を何故か痩躯の男が顔に浮かべていた。
顔はボロボロの女の方を見ているが話しかけているのは背後にいる憩やミレイユだろう。
痩躯の男はこれ以上やるとやりすぎてしまうと判断したのか実際に行為を行っていた二名の部下に一時休憩を命じた。
「たまにいるんですよ。何かの一念に痛みを耐えきってしまう。本当に面倒くさい。」
「それで、これからどうやるんですか。」
「そうですねぇ。この姫様が大事にしている何か。それを貶めるとか、無価値と思わせるとか。なんにせよ難しい、捕獲できたのはこの姫様だけですし。別のを攫った方が早いかも、です。」
「姫様…」
「おや、知らなかったんで?エルフの里のお姫様ですよ、正真正銘ね。族長争いとか結構陰湿に行われてるそうですよ、とは言ってもこいつら寿命長いから私らからしたら気の長くなるスパンですけどね」
「わたくしたちからすれば……貴方達が短命すぎるのよ…。」
途切れ途切れの横やりが入った。
エルフはいつの間にか顔を上げこちらをにらみつけている。今にもこちらを殺さんと言わんばかりの力強い眼光はされど相手をひるませることはなかった。
「…はぁ、やめてくださいよ。おしゃべりするんならこちらの聞いたことを話してくださいな。しゃべる元気があるって判断しちゃったらさらに痛めつけなきゃいけなくなるじゃないですか。」
「そちらの…コホ…。っ、そちらの都合なんて知りませんわ。どうぞご勝手に。けれど、私はいえ私たち気高きエルフは絶対に同朋を売るような真似なんてしません。」
「いやいや、分かりませんよ。ここに来る人はそう言いますけどね、案外と延々と延々と続く責め苦にはくるものがあるようで。やめてくれ、助けてくれと最後は口をうっかり滑らす方の多いこと、多いこと。」
「関係ありません。醜い貴方達人族ならともかくエルフは…」
「そう。ならば、なぜあなたは捕まったのでしょうね。」
初めて彼女の目が揺らいだ。
どれだけ痛めつけられようとも苦痛に顔を歪ませようとも涙すら浮かべなかったような女が。
「嘘よ。」
吐き捨てるように、あるいは絞り出すように言う。
痩躯の男はにんまりと笑った。
「頭の回転の速いお人だ。しかし、その反応はいけないね。何か心当たりがあるようじゃないか。」
「…うるさい。」
「いいですよ。どちらでも。私の言ったことが嘘だろうが本当だろうが貴女にすることは変わりましませんて。
ま、今日のところは話す気力もなしってことでここでやめときましょうや。一日目ですし…」
「「「HAHAHAHAHA」」」
暗い地下室にましてや拷問を行うための部屋にとても不釣り合いな陽気な笑い声が響いた。
痩躯の男が笑い声の発生源を見てみると自分が休憩を言い渡した部下二名とさきほどまで自分の後ろにいたはずの憩が楽しそうに談笑していた。
「お、そちらのお話は終わりましたか。」
「えぇはい。終わりましたよ。こんな糞みたいな仕事も今日はおしまいです。」
痩躯の男は多少驚いて憩の言葉に受け答えた。何故なら、自分の部下とは少しばかり長い付き合いであるはずなのにこんな風に笑ったところなど見たことがなかったからだ。
「いいや。まだ続行です。まだこのお二方は満足していないそうですし、何よりまだできます。」
「馬鹿な。これ以上やれば命を落とす危険性だってある。それに満足していない…?」
「えぇ、このボブとジョニーは欲求不満ですってさ。それに、こうすれば問題ないでしょう?」
憩はエルフへと無遠慮に近づくと手をかざし、
「ヒール」
回復の魔術を発動させた。
するとたちまちに、エルフの体から傷も痣も消え去り、欠けた耳すらもきれいな長耳に。自身の血で汚れていた金髪も綺麗になり女はなるほど姫様と言われるだけの美麗さを取り戻した。
「初めてだけど上手くいったな。少しは疲れる感じがするか。」
かざしていた手を握っては開き感触を確かめる憩。
「な、何を勝手に。転移者様のお気持ちもわからなくは…」
痩躯の男は憩に食って掛かってきたが、その心情としては気持ちとしては賛成するというほうが大きいらしく口調も怒気もそう大きいものではない。
しかし、そんなのはお門違いだ。憩はなにも同情で回復を施したわけでもなければむしろそちら側の考えこそ思いつかなかったのだから。
「さぁ、尋問の再開です。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます