悪いことしたら謝る。これ重要。まじで。


 大道寺と別れたあと、自分に付けられたメイドに連れられて城の中を案内してもらっていた。


「まず部屋へ案内すればよろしいですか?城の中の案内なんてしばらくいるんですからそのうち覚えるでしょうし必要ないですよね。お疲れの様子ですし部屋で休まれてはいかがでしょう。うん、それが良いと思います。」


 働きたい盛りなのかメイドさんが随分と熱心に勧めてくれたので城の案内をしてもらうことにした、密に。

 流石に仕え始めたからにはご主人さまの命令には逆らえないらしく


「やはり憩様も回復術師ですね。高慢で鼻につく性格でないと回復術師にはなれないのですか。」


 と、快く城中の案内を引き受けてくれたぞ。

 絶賛案内されなう。当然だがここは屋内、移動手段など徒歩しかない。それについて文句を言うつもりはない。なにせ王様の警護が鎧に剣の文化レベルだ。これでいきなり「こちらをお使いください」ってセグウェイとかだされても反応に困る。

 でもさ、それでもこの競歩なみの速度はどうにかならないかな。メイドさんは汗の一つもかくことなく優雅な歩き方だが、スピードだけがどう考えてもおかしい。早送りで見ているかのようだ。

 俺はというとついてくのもやっとで、もはや競歩のルールを破りジョギングの形になっている。競歩じゃないからルールなんてないんですけどね。

 ぶっちゃけ、何度ついていくのもうあきらめていいんじゃねと思ったか分からない。途中からもう数えるのをやめた。それでも俺がこのメイドの後ろをついていくのをやめないのは単純にあれだ。ケツだ。

 メイドさんの紺色のロングスカートに隠されたケツ。ただの軽い布であるのに生足をひいてはケツの輪郭を隠すのには鉄壁と言っていい。たかが布一枚、されど布一枚。普段のゆったりとした動きでは絶対に見えないそれが、周りから怒られないようにいつもの動作かつ仕事を早く終わらせたいのか高スピードで動いている今、ロングスカートの布はたなびいて彼女の鉄壁として役割を果たすことをせず、彼女のケツに張り付き輪郭をあらわにしていた。あらぬ中身を想像させられるからだろうか、裸であるよりもそのスカートのまとわりついている尻はより官能的にみ…


「不快です。」


 言葉と同時に足が飛んできた。

 つま先をピタリと側頭部横で止めた。

 なお、パンツは見えない。糞、鉄壁め。


「女は見られている視線には敏感なのです。今、私のお尻を見ていたでしょう。やめてください殺します。」


 視線を察知できるなんてやっぱり魔法だのスキルだのある世界はすごい。はっきりわかんだね。

 しかしこの子、案内し始めてからからずっと見られているって分かっていたはずなのにここまで我慢していたなんて実はものすごく気が長いのかもしれない。それだったら誠心誠意謝ればきっと許してくれる、そうさそうに違いない。


「わるか…「一度目は情状酌量、警告で済ませてあげます。次は当てる。」


 おや、一度目…?チラ見した数はそれこそ俺にも分からな…いや初めからずっとという意味では確かに一度か?

 いやいやいや、悪いことをしたのは事実。ちゃんと話して、ここは謝っておかなければ。


「本当に悪かった。つい魔がさして今ちらっと一瞬見ちゃったんだ。ごめん。」

「ふん、そうでしょう。いくら私が美しいとはいえそういう行為は自重してくださいまし。私が寛容で救われましたね。」


 すっげえむかつく。しかし乗るしかない、この減罪のビッグウェーブに。

 普通に怖えよなにあの蹴り。速すぎて見えなかったのに寸止めて。


「ありがとうございます。しかし、すごいですね。さっきのハイキックも寸止めどころかそのままふらふらすることもなく静止してましたし。」

「ふふん。当然でしょう。この城の護衛の訓練はきついだけあってきちんと成果が出るのです。」

「……護衛?」

「ええ、転移者につけられたメイドや執事は全員ここの護衛騎士から選ばれてます。せっかく術式が成功しても暗殺だなんだで死なれたら元も子もないでしょう。まぁ、転移者の脱走防止の意味合いもありますか。」


 だから、レオがメイドをつけられるのを渋っても王様はつけたのか。協力してほしいだのなんだの言ってたけど結局逃がす気もなかったのね。

 そうなると一つ疑問ができる。いや、この世界のことなんて疑問ばかりなんだけどね。


「転移者ってのはレアなスキル持ってるんだろ。ここの護衛騎士一人二人で取り押さえられるものなのか?」


 メイドは一瞬真顔でこちらの見つめると口火を切ったように腹を抱えて笑い出した。


「アハハハハ。大丈夫大丈夫ですよ。いくら強力なものを持っていたとしたって使い方がなっていないド素人相手にうちの騎士たちが負けるわけありませんて。そちらの世界ではどうだったのか知りませんけれどこっちの世界では生まれたての赤ちゃんだってスキルを持って生まれてくるんですよ。ちょっと強力なスキルを持ったのが生まれたからって親の手に余ることがあっても村だの国だのが窮地に陥ることはありませんって。」


 目の前で馬鹿にされるように笑われてさらにイラ。


「じゃあ、そんな赤ちゃんと同レベルに扱われる程度の僕ら転移者が役に立つのか?」

「えぇ、えぇ。あなた方がちょちょいと体の動かし方やスキル、魔術の使い方を覚えればうちの護衛騎士もすぐに相手にならなくなると思いますよ。今まで転移者なんて見たこともないから何とも言えませんけどね。」

「そんなんでいいのかよ。」

「少なくともあなたは戦えようと戦えまいと大丈夫ですよ。」


 戦えようと戦えまいと?これから人族のためって大儀背負って戦いの旅に放り出されるってはなしじゃなかったっけ。

 確かに俺は他の三人に比べると戦闘向きのスキルとは言えない。戦って帰ってきたものをあるいは最中に回復させるのが仕事だ。とはいえ、旅に出るという名目上一応は自衛もできなければならないだろう。戦えなくてもいいってことにはならないと思う。

 頭をひねらせて考えていると表情から察したのかメイドさんは補足してくれた。


「貴重なんですよ。回復魔術を使える人ってそんなにいないんです。」

「魔術って誰にでもつかえるんじゃなかったのか?」

「回復魔術はその方法を記された文献が少ないんです。そして発見かつ解読されている物も国や、聖人協会を名乗る悪質な集団が独占していたりと学べるものは多くありません。そのうえ難解ですからね、上級の回復魔術を使える人も世界にそう多くはいません。大概の人は最下級の術しか使えず触媒を使用して効果を増幅させている状態です。」

「数が多くない。それに最下級ばかり、ね。それじゃあ誰かに師事して教えを乞うってわけにもいかないわけだ?」

「いえ、それはどうでしょう。最下級と言えどもちょっとした擦り傷や切り傷なんか治せて便利ですし。どちらかというと単純に国や教会、それに回復術師自体があまり回復魔術を広めたくないだけにも思えます。人を治すあるいは癒す人、多くの人に望まれる、人の上に立っていると錯覚す…」


 ただただ嫌悪を顔に浮かべ話していたメイドは言葉を切った。


「すみません。ただの戯言です。聞き流してください。ともあれです、憩様はスキルとして回復魔術を持っておられるのですから魔力が賄えれば最上位の魔術まで使えることでしょう。そうなれば、どこでだって口に糊をしていけますわ。」

 

 ただの戯言と流すには先の言葉は真剣みを帯びすぎていた。

 とはいえ、とはいえだ。ここでその言葉を突っ込むのも面倒くさい。なにより興味もない。だってそうだろう、この娘が過去に回復術師に足元みられて家族を治療してもらえず憎んでいる的な話をされてもぶっちゃけ気まずいだけで俺からしたら知ったこっちゃない。

 この世界の回復術師がどれだけ屑であろうとだからと言ってぽっと違う世界から呼び出された僕が回復術師になったからと言って同じように非難される謂れはないのだ。

 話がこじれだろうからそんなこと言わないけどね。だから僕は話の流れに流されるままいくぜ。


「嘆かわしいね。しかしどこいっても大丈夫か。それならこのままここに居座ろうかな、なーんt…」

「えぇ、ぜひともそうしていただきたい。そのために転移者様たちのお付きを決める一瞬の攻防を制した苦労が報われるというものです。私たちの仰せつかった仕事はこの城に滞在する間のあなた方の護衛と給仕、あなたのように有用なスキル保持者であれば国もいつまでも抱えて恒久的に使い潰していきたいはずでしょう。。なに大丈夫、不慮の事故というものはどこにだってもとい、いつだって起こっても仕方のないものなのです。パーティが崩れれば旅に出ないという話も出ることでしょう。」


 軽い冗談のつもりだったのに随分とやる気の返事を頂いた。いかん、このままいくと俺の未来とあの三人のうちのだれかあるいは複数の末路が決定してしまう。いや、俺が国お抱えの回復魔術師安定した職になれるのは是非になんだけど。流石に同郷かつ見知った顔がコロコロされるのは目覚めが悪い。どうにか美味しい着地点へ向かうようにとうまい返しをと考えていると、


「さて、食堂、図書室、訓練場から城下町への行き方まで色々ご案内、ご説明させていただきましたが、ここで城の説明はラストです。」


 はて、おかしい。案内…?説明…?少なくとも俺の脳裏の残っているのは彼女のあのスカートが張り付いてより艶っぽくなったぷりんとしたケツだけだ。あの競歩(俺にとってはほぼランニング)のなかこのメイドは城を巡るだけでなく説明までしていたと。

 確かにだ。俺はケツばかりに集中して幾度ついていくのをあきらめかけようとケツを見ることで立ち直り持ち直してきた。そこに疑問をはさむ余地もなければ城内部の説明などというぶっちゃけ自分で改めて探索すればいいんじゃねと思わなくもない些事など到底、頭どころか耳にも入らない状況だった。何よりも、何よりもあの時は、あの目の前のケツが重要だった。

 なるほど認めよう。本当に説明されていたかどうかはともかく俺はその説明を聞いていなかった。

 しかし、人間は後悔し悔い改めれれる生き物だ。慙愧懺悔六根清浄。悪いところを見つめ改め正常なる善へと回帰する。善とは学ぶものではなく元から人は善なのだならば人はそれができるはずだ。そう、せめて今からされる説明を聞く。それから新たに始めればいい。遅すぎるなんてことはない。ここ。今まさにここ、ここから新たに始めればいいそれだけ。それだけだ。


「ここは城の地下牢に繋がっているらしいです。詳しいことは幼いころから城の中を駆けずり回っている私も知らないのですが、今回は転移者さまと一緒だから入っても怒られないはずです。さ、入りましょう。」

「おや?そこで何をしている。」


 声を荒げているわけではない。しかし、明らかな警戒を含ませた声がこの薄暗い廊下へと響く。

 声の主である男の方からはこちらが暗がりになっていてよく見えていなかったのか、こちらに近寄ってメイドの顔を確認するとめんどくさそうな顔をした。


「って、あららミレイユさんじゃないですか。あのね、何度来てもダメなものはダメ。いい加減理解してくれませんか。いくら団長様のご息女たって入れるわけにはいかないの。」

「存じております。小さい頃から城の中でここだけは入れてもらえませんでしたもの。でも、今回は大丈夫です。私ではなくこちらのご主人様たっての希望でこちらの中を見学されたいとのことですので。ご主人様のメイドとしてはついていくしかありません。」

 

 ちらりと視線を投げかけられた。

 何か愉快なものを見たといわばかりに顔を歪ませて、男は笑う。


「ははは、ミレイユがメイド…。面白いジョークもあったもんだ。人の言うことを素直に聞いてくれるなら団長殿もあそこまで頭を悩ますこともないだろうさ。

 ええ、旦那?よくこんなのを召しかかられましたね。」


 と言われても、こちらとしても無理につけられたものだ。

 この短い間でいい性格をしているということは分かってきたけどね。


「やめてください。ご主人様に変なことを吹き込もうとするのは、いくら父上のご友人とはいえ許しませんよ。」


 言うが早いか、ミレイユは構えた。

 あんなに早い蹴りをこんな細身の男に当てたらぽっくりと折れてしまうんじゃなかろうか。

 いざとなれば早速このスキルを使うことになるかもしれない。

 心配と新しいことへの挑戦に対する緊張にも似た高揚。

 そんな自分の気持ちをよそに男はへらへらと笑みを顔に張り付けたまま。

 しかし、目は一切笑っておらず、


「小さい頃のようにお仕置きが成人して職に就いた今でもまだ必要ですか?」

「ごめんなさい。」


 こちらの世界でも謝るときには頭を下げる文化があったようだ。

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