4
「花?」
カシュっと缶のプルトップを引く音と私の声が重なる。
「あっ」
「あっ」
さらに声が重なって
「駄目だった?」
いつの間にか岩に座っていた女性はミルクティーの缶を持ち上げた。
「いえ、差し上げたものなので……」
「そっ、ありがとう……はあぁ、温かい」
寒いならスーツの上を脱がなきゃいいのでは? 横目に見ると黒のTシャツに包まれた大きな胸に目がいってしまう。おっきいなぁ。カップ、どれくらいなんだろ。
「さっきまで暑かったのよ」
まるで見透かされたかのような言葉に、私は聞こえないふりをして同じように岩に腰かけた。
「煙草、いい?」
「……どうぞ」
私がノーと言ったら止めるのかな。
女性は、ウェストポーチから紙のタバコとライターと金属の携帯灰皿を出した。紙のタバコなんて久しぶりに見る。最後に見たのは叔父さんが禁煙する前。
「あの花は、ね。あたし」
ふーっと長くタバコの紫煙を吐いてお隣に座る女性は言った。紫煙が私の方に来ないように吐いてくれていて、マナーがいいなと思う。
「お姉さん……お姉さんでいいんですよね?」
切れ長の目をした美人で胸もおっきくて外観は女性なんだけど、かすれた声が今までに出会ったどの女性とも違う人。
「は?」
目を丸くして、口にしたタバコがぽろっと落ちた。タバコは転がって海に落ちてジュっと音を立てて消えた。
「あっはははははは! 初対面なのにずいぶんだねぇ。女だよ、女。胸も本物。なんなら下も見る?」
「いっ、いいです。いいですからジッパーに手をかけないでっ!!」
レーシングスーツのジッパーに手をかけるお姉さんの手首をつかんで、力いっぱい止める。本気じゃなかったみたいで、あっさりとジッパーから手を離した。
「これ…本当はあなたの分なんでしょう?」
ひとしきり笑ったお姉さんは、ミルクティーの缶を私に差し出した。
「半分くらい飲んじゃったけど、飲む?」
バレてた。
「…いただきます」
手にしたミルクティーの飲み口からはタバコの匂い。
口をつけて飲もうとするとお姉さんが笑う。
「関節キスとか気にしないならね」
絶対に狙ってた。だって私が口をつけるまで何も言わなかったもん。
言われるまで気にしていなかった私は逆に気になってお姉さんを見る。
「うそうそ。冗談よ、冗談。人を男って疑った仕返し」
「かっ、間接キスとか…気にしませんよ。友達とも回し飲みとかしてるし……」
精一杯の強がりを言って、もう一度口をつけた。今度はほんのりタバコの味がしたような気がする。
一口飲むとミルクの味と砂糖の甘さが口に広がって、それから温かさが体の中心から全身に広がっていく。
「バイクってさ……危ない乗り物だよね」
新しいタバコに火をつけて深く吸って、お姉さんは紫煙を吐き出す。
「ちょっとバランスを崩すと倒れちゃうし、それこそスピードが出てたりとか、車にぶつけられたら大怪我か、運が悪きゃ……命が無いんだから」
言われてみると確かにバイクは二輪だからバランスを取らなきゃだし、カーブは怖くても車体を倒さないと曲がれない。よそ見をすればその方向に走っちゃったりと危険は多い。
幸いなことに私はまだ事故にあったことは無くて、せいぜいが家の前での立ちゴケだけ。股間を打ち付けて痛くて悶絶してたら、出てきたお母さんに
「何やってるの?」
って。にやにや笑っていたから何が起きたかバレてて、すっごく恥ずかしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます