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 結局、その後はVTを見かけることも無く私が江ノ島に着いたのは、夜の帳を裂いて太陽の光が海の上に顔を出し始めるちょっと前だった。

 まあ、予定通りかな。安全運転で時間かけたし。

 RZを堤防近くの駐車場まで乗り入れて…あっ、VT発見。VT250…FCだ…想像よりももっと古くて…初期型じゃなかったっけ。

 カラーリングも黒と赤だから抜いていったのと同じVTだよ…ね。きっと。

 すぐ横にRZをとめてサイドスタンドで車体をささえてから、ハンドルをギリギリまで曲げてハンドルロック。

 近くの自動販売機で温かいミルクティーを買って、ヘルメットの中にグラブを押し込んで、なるべく人気の無い方へ。バイク用ブーツは傾斜があって歩くのには不向きだから、前のめりになってふらふらしちゃう。

 前に来た時に開いてて、今も開いている本当は通っちゃダメなフェンスの切れ目をくぐってゴツゴツした岩場に出る。

 目的の夜明けを見る為に岩場を移動すると――そこには、白と金のストライプの入った紫のレーシングスーツを上半身だけ脱いで腰に袖を結わえた長い髪の女性――多分――が海に何かを放り投げたところだった。

 昇り始めた朝日を浴び、腕を真っ直ぐに伸ばした姿がシルエットになって……かっこいい。

 声をかけようか迷っていると、女性は悲しそうに何かをつぶやいた。

「――――」

 伸ばした腕を降ろした女性が海に背を向けて――ぼけーっと見ていた私と目が合う。

 まつ毛の長い切れ長の目には涙が浮かんでいるように見えた。

「み、ミルクティー、飲みます?」

 思わず口から出た間抜けなセリフに私は自分でバカだなぁと思う。

 それでもミルクティーを渡そうとして、お約束のようにヘルメットの方を差し出しかけて、慌てて缶を出しなおした。

 一瞬、あっけにとられたも女性は腰に手を当てて小首をかしげて、ふっと息を吐いて微笑む。

「子供が夜遊びしてちゃ、駄目よ?」

 その声は、その女性から発せられたはずの声はとてもかすれていて目の前の人ではなくどこか別の場所から聞こえてきているように感じた。

「子供じゃなくて高校生ですから」

「JK? 親御さん、夜遊び許しているの?」

「いえ、あの、朝日が見たくて…」

「そっ」

 差し出された手に、私がミルクティーを渡そうとすると女性は緩やかに首を横に振った。

「朝日を見るんでしょう。手を貸してあげるから昇ってきなさい」

「あっ、はい」

 差し出された手に私が手を重ねると思いもよらない力で引き上げてくれた。

 同じ高さの岩に上がると太陽が水面から上がるギリギリのタイミング。

「はぁ、きれい……」

 直感を信じて遠出して良かった。

 朝日に感動して立ち尽くす私の視界の斜め左に光が反射する波間に花が浮かんでいるのが見えた。

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