第83話 女子旅


 九月最後の土曜、舞子は落ち着きを取り戻し本来の明るさも戻っていた。イチも心配することがなくなり、また普通の片思いの関係に戻っていった。


 イチは学業にバイトにと毎日忙しく、ヨンも新しい案件が始まり残業の日々を送っていた。

 ニイは毎年十月になると出張が多くなる。今年も例外なく多忙な日々が続く。

 今日はニイの出張シーズンが始まる前に葵と舞子をこの家に呼んでの飲み会だ。


 「仕事が忙しくないなら三人で温泉に行ってくるか?平日の草津温泉だったら俺の会社関係で安く泊まれる旅館があるけど」

 長年の友達のように打ち解けている女たちを見ながらヨンが何気なく言った。

 

 「私は忙しくないから、会社休めるよ」

 早速、舞子が言い、葵とレイも頷く。。

 「葵、結婚式や引っ越しで忙しくなる前に息抜きをしておいでよ」

 ニイは喜んで賛成した。


 「そう言うヨンはレイと離れて大丈夫?」

 イチはヨンをからかうようにヨンを見てニコニコした。

 「レイがいない間、俺と二人きりだ。言動に気をつけた方がいいぞ」

 ヨンが意地の悪い笑みを浮かべ、イチは口にチャックをする仕草を見せた。


 


 十月初旬。

 レイ、葵、舞子は会社を休んで草津温泉に来ていた。

 足湯に入り有名な湯もみや湯畑を見ると早々に宿に入った。

 ヨンが紹介してくれた旅館は湯畑からほど近くにある草津で有名な老舗旅館だったのだ。旅館に源泉かけ流しの大浴場と露天風呂が二つもある。旅館でゆっくり過ごすことにした。


 「のんびりお風呂に入るの、久しぶりだ」

 レイは白濁の大きな露天風呂に声が弾んだ。平日の早い時間で露天風呂は三人の貸し切り状態だ。

 「レイさんは大変だよね」

 葵も露天風呂に入ってきた。

 「ニイとヨンの家族に支えられてるから、そう思うほど大変じゃないよ。ただ、長風呂は滅多にできないから」

 「ニイは長風呂でしょ」

 舞子も露天風呂に入ってきた。

 「うん。銭湯に行くと、ヨンとイチにいつも置いて帰られてる」

 「四人は仲良いよね。喧嘩することはあるの?」

 葵の問いに舞子も興味があるようでレイを見た。

 「ニイとヨンと私は祖母が死んでからは喧嘩したことないかな。それまではクーラーの温度とか下らないことで喧嘩していた。イチとは年が離れてるから、ここ最近はイチが一方的にむくれたりするぐらいかな」

 「カズくんでもそんなことがあるんだ」

 舞子が微笑んだ。

 

 「イチとは祖母が死んでから本当の家族になった」

 レイが嬉しそうに微笑むのを葵が不思議そうに見た。

 ニイは葵にイチのことを何も話していないらしい。


 「イチは祖母の知人の孫で私とは血がつながってない。七歳で身内がいなくなってから一緒に住んでるの。イチが中学の頃に本気で言い合いをして姉弟になった感じかな」

 「高校に行かないで働くって言った時だよね」

 舞子は当時を思い出したようだ。

 「そう。高校に入ってくれたと安心したら反抗期が始まったけどね」

 「でもカズくんは、もと一人っ子とは思えないぐらい末っ子気質よね。甘え上手だけど思いやりがあって、みんなに可愛がられている」

 

  

 「イチは……。迷惑にならないか気を使う子だったから、人の感情を敏感に感じ取るんだよね。甘え上手なのは、ニイとヨンのおかげかな」

 「二人が甘やかしすぎてる?」葵はレイと舞子の話に驚きながらも加わった。

 「背伸びしても敵わない同性には甘えるしかないからね。私が言っても全然聞いてくれない事でも二人からだと素直に聞き入れるし、ニイには色々相談をしてるみたいよ」

 「新一、そんな一面もあるんだ」

 「葵さん、兄は良いお父さんにもなれるみたい」

 舞子の言葉に葵は顔を赤くした。


 「カズくんは恋人がいるの?」

 葵は恥ずかしくて話を変えた。

 「今は付き合っている人はいないけど、好きな人はいるみたい」

 舞子はレイの言葉に心臓が飛び出そうになった。

 「わかるんだ」

 「あえて聞かないけど出かける時、嬉しそうだから。ニイの時も直ぐにわかったよ」

 葵の質問にレイはからかいながら答えた。

 「聞かないんだ」葵はレイからかいにも慣れた様子だ。

 「うん。私は無条件にイチの味方だから、応援することに変わりないしね」

 清々しい笑顔を見せたレイを舞子は何も言わずに見つめていた。

 



 





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