第81話 レイとヨンの結婚式

 9月の連休にヨンとレイはレストランで結婚式をあげた。


 レイは五分袖のエンパイアラインのウエディングドレス姿だ。総レースがナチュラルな印象を与えレイによく似合っていた。ヨンもグレイのタキシードでどうにか柔らかな印象を与えようと頑張っていた。

 

 

 レストランの人に「新婦と新婦の父がバージンロードを歩くみたいに一緒に会場に入るのはどうか」と提案された時、誰もがニイの父親が適任だと考えた。だがヨンの父がどうしてもその役をやりたいと言い張った。

 「あいつには娘がいるから将来バージンロードを歩けるのに、なんで譲らないといけない」

 「そういう問題じゃない。オヤジは新郎の父親だろう」

 ヨンの兄が説得を試みたが正論は通用しなかった。


 「いいじゃん。入籍してるから新婦の父でもあるし」

 「オヤジの夢も叶えてやろう」

 レイとヨンが同時に言う。

 新郎新婦以上に舞い上がったオヤジを横目に「俺らの結婚式は自由だ。形式に拘らなくてもいい」と今度はヨンが兄を説得した。


 レイはヨンの父と腕を組んで歩くことになった。



 イチが自由に写真を撮っていたが、食事の前に全員で集合写真を撮った。

 ヨンが「これからも今までと同じように自分たち二人を見守ってほしい」と挨拶をして食事が始まった。



 「あんなに綺麗なレイを初めて見た。家でサンドバッグを蹴り飛ばしている人と同じとは思えない」

 イチはカメラのレンズを覗きながら呟く。

 「私は普通に飲み食いしている新郎新婦を初めて見たよ」

 舞子は身体にフィットしたワンピースのせいでレイよりも小食になっていた。


 「レイが結婚したら一人放り出されて寂しくなると思ってたけど違った。何も変わらなかった。俺は恵まれてるよね」 

 舞子はイチの言葉に微笑むことしかできなかった。

 決して恵まれている環境ではないが、確かに人には恵まれている。それにイチは同情してもらいたい訳ではなく心からそう思っているようだった。



 食事が始まった際、ニイは葵をヨンの両親と兄弟に紹介した。

 ヨンの父の豪快さと威圧感に葵が引くかと思ったが、そこは全く問題なかった。

 「仕草も顔も親子そっくりね。初対面なのになんだか親近感が沸くわ」

 葵は動じることなくニイに囁いた。


 ヨンとニイの家族が揃う会食に初めて参加した葵は想像以上の騒がしさに戸惑いを隠せなかった。

 加えて、満面の笑みで新郎の父が新婦と腕を組んで歩いて来た。食事前の新郎の挨拶以外に畏まったものは一切ない。異例づくしだ。

 「うちとヨンの家とでは、五十歩百歩だ」

 ニイは驚いている葵に笑い掛けた。

 「どっちが五十歩?」

 葵の答えにニイは安心した。葵は驚いているが、すぐに慣れそうだった。

 

 

 いつもの身内だけの会食のような雰囲気のまま若干の揉め事はあったが終始和やかに終わった。



*******


 

 ヨンとレイは話し合って新婚旅行は行かなかった。

 身内だけの挙式だ。引き出物もないので、せめて費用は二人で負担したいと、ご祝儀もヨンの両親の援助も断った。

 だから新婚旅行はボーナスが出てから考えようと、二人で決めたのだ。


 ヨンはつくづく、レイが大らな性格で良かったと思った。

 婚約指輪はほしくなったら買ってもらうと言った人間だ。新婚旅行にすぐに行けなくても全く気にならない様子だった。


 「一年後でも三年後でもいいじゃん」

 「さすがに三年後はじゃないな。ごめんな。安月給で」

 ヨンは申し訳なさそうだ。

 「それはお互い様。これから長い時間を一緒に過ごすんだよ。旅行はいずれ行くんだから同じだよ」

 それでも新婚旅行は特別なものだと思うのだが、先立つものがないから仕方ない。

 「一年後、海外旅行に行こう」

 ヨンの言葉にレイが嬉しそうに頷いた。


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