第80話 涙のわけ
「レイにプロポーズするの?」
花束を持ってリビングに入ってきたヨンをイチが驚いて声をかけた。
「入籍したんだぞ。プロポーズはその前にとっくにしている」
ヨンは言った後で「失敗した」という顔をした。
「いつ?どこで?何て言ったの?」
ヨンは後ろをついてまわるイチに無言で花束を渡し、イチはそれをリビングのテーブルに置いてヨンに付きまとう。
レイとニイがキッチンから夕食を持って出てきた。
「ヨンに花束は似合わないな」
ニイが笑っていた。
「会社で花を貰ったんだね。私も貰ったからヨンの実家で飾ってもらおうと会社帰りに寄って来た。ほら、ヨンもご飯にしよう」
レイがヨンに座るように促した。
ヨンとレイはそれぞれの会社に結婚届を出し、それを知った部内のメンバーからお祝いで花束をもらったのだ。
レイはあまり大袈裟にしたくなかったのだが、チームの後輩に話すとあっという間に広まってしまった。
「ニイは葵さんにどんなプロポーズをしたの?」
イチはプロポーズに興味津々だ。
「俺か。当然、花束と指輪を持って葵の前に跪いてだな」
「嘘つけ」
ヨンがニイの言葉を遮り、真面目な顔でレイに話しかけた。
「俺の上司が披露宴をしないなら夕食を一緒にと言ってるんだけど」
「いつでも大丈夫だよ。手土産を考えないとだね」
レイは緊張気味に答えた。
「おい、大変な事になってるぞ!」
ニイの慌てた声に全員がニイの視線の先を見た。
そこから軽くパニック状態に陥った。
ミータが花束を食べ散らかし、その花や葉っぱを吐いていた。
イチが急いでミータを取り押さえ、レイが床にいくつもある薔薇の残骸をティッシュで取っていく。ニイは雑巾で床を拭いていた。ヨンはティッシュを片手に他の部屋に被害がないか見て回り、レイとと同じように花の残骸を回収していた。
ニイが花束を風呂場に持っていき夕食を再開した。
「ミータは人間の食べ物には興味を示さないのに何で花が好きなんだろう?」
イチが溜息混じり言った。
「薔薇が好きみたいだな。つぼみ以外は嚙みちぎっててた」
ニイが膝に乗せたミータを撫でた。
次の土曜日。
レイとヨンは半分の大きさになった花束を持ってばあばのお墓参りに行った。
イチは土曜日なのに珍しく遅く起きた。
今日の夜は舞子と食事の約束をしていたので、図書館に舞子は来ないと予想してのことだ。
ヨンとレイは出かけていた。イチが朝食を用意しているとニイが起きてきた。
「おはよう。ニイも食べる?」
「サンキュ。男だけの朝飯だとそうなるよな」
ニイはトーストとインスタントスープだけの朝食を凝視した後、冷蔵庫からヨーグルトを出しコーヒーを淹れた。
「今日は図書館に行かないのか?」ニイはコーヒーに牛乳を入れてイチに渡す。
「ありがとう。今日はサボる」
「舞と会えないぞ」
「夕食一緒に食べる約束してるから大丈夫」
イチは答えた後、驚いてニイを凝視した。
「大学生は普段そんなに勉強しない。下心がないと図書館に毎週通わなだろう」
イチは顔が熱くなるのがわかった。
「ごめんね」
「何で謝るんだ?」
ニイは笑っていた。
「そうだ。振られたんだった」
イチは無理して笑った。
「ふーん。理由は?」
「年齢差。でも、何で分かったの?」
「二人を見てれば分かる。それに母親から頼まれたことがあって」
「おばさん、怒ってた?」
イチは舞子と会わないでほしいと言われるのではないと構えた。
「いや、婚約破棄の理由を知りたがってたけど断っておいた。舞がイチにしか言わないのにも理由があると思うし」
イチは安堵した。本人が言わないものを告口するみたいで出来ない。
「ありがとう。それだけ?」
「それだけだ。で、諦めるのか?」
「諦めたくないけどニイは嫌じゃない?不快にならない?」
「妹がモテてるのに不快にならないよ」
ニイはイチの顔をしっかりと見て続けて言った。
「イチ、堂々としてろ。卑屈になる必要はない」
イチは我慢していた涙が一つ溢れた。
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