第70話 いつもの夕食
珍しくこの家の男どもが揃った土曜の夜だった。
最近イチは大学に泊り込むことが多くなり土日も帰って来るのが遅い。ニイは週末を葵の家で過ごしているため滅多にこの家にはいなかった。
「葵さんは実家か?」
ヨンはミータを肩からおろしてミータにごはんをあげた。
「よくわかったな」ニイはテーブルに皿とグラスを並べている。
「そうじゃなかったら家にいないだろう」
「レイが風呂からあがる頃にピザが届くかな」
イチはピザのデリバリーの電話を切った。
今日はこの家の住人全員での食事だ。
ニイがピザを頼もうと言い出した。ピザは四人揃うと四種類は食べれるからとイチは大喜びだ。レイはサラダと鶏ハムを用意するとすぐに風呂に入った。
今はリビングにいるのは男だけだった。
ニイと葵は結婚にむけて着々と進んでいた。
葵は結婚しても仕事を続ける。
結婚式は来年1月に親族だけであげる。親族だけと言ってもヨン、レイ、イチも参列するのだが。
今、一番の問題は住居だ。
葵の希望は埼玉の実家に電車でも車でも行きやすい場所だった。ニイの希望は通勤が楽なことだ。できれは、この家の近所がいい。二人で話し合った結果、この家や葵が今住んでいるマンション近辺で部屋を探していた。
「この辺で俺たちが住めそうな家は落ちてないか?」
ニイは家を探すのに疲れていて投げやり気味だ。
「この家とは路線が違うけど、坂の上の方でも探してみたらどうだ?大通り沿いはマンションが多いだろう」
「明日そうしてみるかな」
ニイはヨンの案に少しほっとした顔をした。
「ヨンはレイといつ結婚するの?」
「直ぐにでも、したいけどな。えっ?」
イチがさりげなく聞くからヨンも普通に答えてしまった。
「だって、もう上の部屋は使ってないじゃん」
イチはそのくらい俺でもわかると笑った。
「おじさん達にはいつ言うんだ?きっと大騒ぎだぞ」
ニイは自分の両親の舞い上がった様子を思い出し身震いした。
「オヤジが家にいる夏休み中に言うつもりだ」
「お腹空いた!」
風呂から出てきたレイに、聞かれてまずい話ではないのに、なぜか男三人は動揺してしまった。
その時タイミングよくピザが届いた。
みんなでピザを食べながらビールを飲んでいると「ニイがいなくなると寂しくなるね」とイチがしみじみと言った。
「まだ住居が決まってないんだ追い出さないでくれ」ニイが笑った。
「ニイがこの近所で家が見つかれば、俺らは安心して新婚旅行に行けるな」
ヨンがレイを見た。
「俺は子供じゃないから心配しなくて大丈夫だよ」
「イチを心配しているんじゃなくてミータの世話を頼むんだ。急に大学で泊まりになってもニイがミータの餌とトイレ掃除をしてくれれば安心だろう」
レイはみんなの会話を聞きながら今朝のことを思い出していた。
今朝、レイはヨンにプロポーズされた。
付き合ってかなり早い段階でヨンから結婚の話をされた時、すごく嬉しかった。「結婚してもイチと一緒に住めるために」と言ってくれたからだ。その優しさに涙が出そうになった。
プロポーズはシチュエーションも言葉も全然ロマンチックではなかった。
朝、レイが起きようとした時にヨンが後ろから抱きしめてきた。よくあることだから、レイはそのまま抱かれていた。その時レイの耳元でヨンがささやいた。
「レイ、俺たち結婚しないか」
ヨンはすでに一緒に住んでいるからこそ結婚を早くしたい、このままの関係で終わりそうで怖いと言った。
「私はヨンがいなくなることが怖い。私を一人にしないでね」
ヨンはレイを振り向かせ、正面から抱きしめた。レイの涙でヨンのTシャツの胸のあたりが濡れた。
ヨンはその時初めてレイの不安を理解した。祖母を亡くし、イチと離れそうになった時に号泣したあの時から、その不安は続いていたのだ。
「一人になりたいって言っても一人にしないから安心しろ」
ヨンはあやすようにレイの身体を揺すっていた。
「レイ、知ってる?」
レイはイチの声で我に返った。
「何を?」
「週末だけヨンとレイが一緒に寝てた時、一緒に寝てない平日の夜にヨンは……痛っ」
ヨンは慌ててテーブルの下でイチの足を蹴る。
「寝てるレイにキスして二階に行ってたんだ」ニイがニヤニヤしながら話の後を継いだ。
「おでことかじゃないよ。ガッツリ口にしてた」
イチの詳細な報告にレイは顔を真っ赤にし、ヨンはそっぽを向いて言った。
「マーキングだ」
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