第71話 イチと舞子の微妙な距離 part2

 夏休み期間中、イチは暑さに耐えかねて区立図書館で勉強をしていた。


 いつもイチが行っている区立図書館に舞子も通うようになり、イチが勉強をしていると必ず声をかけてくれる。それはお昼の休憩だったり、帰りがけだったりと時間は決まっていないが、ランチや夕食に行くことができた。

 そういう訳でイチと舞子は週に一回は会っていた。

 


 「舞ちゃん、夏休み期間中にどこか行かない?」

 「私もそう言おうと思っていた」

 今日は舞子が昼前に図書館に来てたのでランチを一緒にしていた。

 「行きたいとこは?」

 「カズ君の行きたいとこは?」

 「槍ヶ岳に行ってみたいけど初心者にはハードルが高いんだよね」

 「じゃ、槍ヶ岳は二人の目標にしよう」

 舞子の無邪気だ。ハードルは登山コースだけではない。槍ヶ岳は山で一泊するコースなのにとイチは苦笑した。

 午後は二人で図書館に戻りハイキングに近い初心者でも登れる山を探すことにした。



 

 八月初旬、二人は日光にいた。

紅葉前の日光は人が少なく穴場だった。ハイキングの後に観光したいと日光駅前でレンタカーを借り戦場ヶ原へ向かった。

 樹林帯の中は真夏の暑さを忘れさせてくれた。歩きやすいとは言え湿地帯は滑りやすい。イチは舞子を気遣いながら歩く。夏は小さな花が咲いて童話の世界のようだった。


 昼過ぎにハイキングが終わり茶屋でお昼ご飯を食べる。料理がくる間、イチが華厳の滝までのルートを調べて、舞子は歴史ある茶屋を見て回っていた。

 茶屋のおばちゃんと話していた舞子が戻ってきた。

 「急な外泊はレイに怒られる?今日泊まらない?」

 「えっ!連絡すれば大丈夫だけど……」

 イチは動揺を隠しきれず目が泳いでしまった。

 「ここ、星空が凄く綺麗なんだって。この茶屋の駐車場や少し先にある無料駐車場や戦場ヶ原の展望台が撮影スポットらしいよ。見たい!」

 「夜景撮る様のレンズ持ってくればよかった」

 イチの呟きに舞子はほほ笑んだ。



 夜までの時間を車で華厳の滝や中禅寺湖をドライブした。助手席に舞子をのせて、まるで恋人みたいだ。イチはデートのようだと内心喜んだ。



 夜22時過ぎ、イチと舞子は戦場ヶ原の無料駐車場に戻ってきた。遅い時間なのに同じように星空を目当ての車が何台か止まっていた。

 車のボンネットに寄りかかり30分ほど待つと空が真っ暗になり星か綺麗に見え始めた。

 空一面の星。

 自然のものとは思えないほどの星が二人の真上に広がっていた。

  

 イチは生まれて初めて天の川を見た。

 「天の川って日本でも見れるんだね。初めて見た」

 舞子も初めての天の川に見惚れていた。


 ずっと無言で見ていると、いくつも流れ星が出ては消えていっていた。


 「流れ星だね。願い事しないと」イチは舞子に笑い掛けた。

 「結構な数だけど、あっという間に消えるよね」

 「じぁ、願い事は短く言わないといけないね」

 「一言だったら『金』とか?」

 さすがニイの妹だ。願い事を短くと言って出てきた言葉はそれかとイチは笑った。

 

 30分ほど見て現実世界に戻った。



 現実世界は問題が待っていた。急に泊まることにしたから、宿泊先がないのだ。駅前で聞いたビジネスホテルは満室だった。

 「もうあれで良くない?」

 舞子が指したのはラブホテルだ。

 「舞ちゃん、絶対ダメ!」

 イチは慌てた。

 「そんなに拒否らなくても」

 「俺のこと男だと思ってないでしょう」

 笑う舞子にイチは恨めしそうに言った。


 スマホで検索すると仮眠が取れる銭湯があった。車を返して迷わずそこに行った。男女で風呂場は別れているが、共同で仮眠が取れる場所もあった。

 イチは風呂から出た後、舞子を探した。舞子はイチより少し遅れて出てきた。

 缶ビールを舞子に渡すと嬉しそうに笑った。




 次の日、イチと舞子は朝早くに日光東照宮に行った。

 朝早いため、人がほとんどいなかった。東照宮を歩きなからイチは勇気を出して舞子の手を握った。

 「最近の若者がこうだっていうのは思い込みだよ。舞ちゃんと手を繋ぎたいの」

 イチは舞子より先に「最近の若者は」と言われないようにした。

 舞子は「まったく」と言ってイチに笑顔をむけた。

 手は繋いだままだった。 

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