第65話 イチと舞子のゴールデンウイークの続き
「最近の若者は口がうまいんだから。あぶない、あぶない。勘違いしそうになったわ。私、完全に痛い女じゃない」
「勘違いじゃないんだけど」
イチの声にも気付かず舞子はブツブツと呟き歩き始めた。
細い登山道だから並んで歩くこともできずイチは舞子の後ろ姿を見つめながら歩いていく。
舞子が無言で歩くのでイチも自分を落ち着かせようと試みる。でも、嫌な出来ではない。むしろ嬉しかったのだと実感していた。
俺が咄嗟に舞子の腕をつかみ引き寄せた時、思い掛けず抱き寄せたようになってしまった。怪我がないか舞子の足元に屈んで確かめるまで、舞子はそのままじっとしていた。動かなかったということは舞子に拒否られなかったと理解していいのか、そして「勘違いした」って事は男として見てもらえたということだろうと思った。
舞子と接近して動揺したせいで告白できなかったことが悔やまれる。告白する絶好のタイミングを逃したのだ。
俺は幼い頃からレイにハグをされてきた。だからなのかレイのハグはちっともドキドキしない。ただ安心できるのだ。思春期にも強引にハグされてきたので今では儀式の様に受け入れている。
中学校に入ると急激に身長が伸びた。高校に入る頃にはレイより頭一つ分も大きくなっていた。だから背の低いレイがハグしやすいように俺は両手をぶらぶらと下げたまま少し猫背にしてレイの肩に顎を乗せる。俺がレイに見せる「絶対服従」のポーズだ。
舞子はレイより少し背が高い。それにさっきは猫背にしていなかったから舞子と顔がかなり近くなった。それで余計にドキドキしたのだ。
舞子の後ろ姿を凝視しながら、まさか「もう一緒に出掛けない」とか思っていないよなと、今度は急に不安になってきた。
しばらくそのまま歩くと二人は舗装された道に出た。すぐにイチは舞子と並んで歩く。
「楽しかった。高尾山に連れてきてくれて、ありがとうね」
舞子はさっきのハプニングからすっかり立ち直った様子だ。イチはまだ動揺と不安と後悔が入り混じった感情のまま、悪あがきを試みた。
「俺も舞ちゃんと一緒に来れて楽しかった」
「自然の中を歩くって楽しいね。癖になりそうだわ」
イチの言葉は華麗にスルーされた。
がっかりしたことをひた隠す。
「今日みたいなハイキングに近い山登りをしてみる?」
「そんなとこある?」
「尾瀬とか箱根かな」
「行く」
「約束ね」
次の約束を取り付けてイチはようやく安心できた。
下山して高尾山口駅で少し散策していると、少し足に疲れを感じた。
「舞ちゃん、着替え持ってきてる?」
「カズくんに言われたから持ってきたよ」
「温泉入って、早めの晩ご飯食べて帰ろうよ」
「風呂上がりのビールか」
舞子の口調で大賛成だって事がわかった。
駅に隣接した温泉で汗を流してスッキリするとイチは舞子を待った。
ゆっくりお風呂に入ってと言ったのに舞子はニイほどイチを待たせずに出てきた。
そのまま温泉施設の食事処での風呂上がりのビールを頼む。
「やっぱり美味しい!」
舞子がビールを美味しそうに飲んだ。
舞子は言動が妙にオヤジ臭い。でもイチはそこも好きだった。イチは微笑みながら、おつまみを舞子の方に渡した。
適度な疲れの後の温泉にビールだ。帰りの電車はイチも舞子も爆睡していた。
イチは舞子に寄りかかり寝てしまっていた。急いで姿勢を直すと舞子も目を開けた。
「重かったでしょう」
「カズくん、細いから大丈夫。少し重かったけど」舞子は笑ってた。
「そんなに細くないから凄く重かったはず。重くて寝れなかった?俺に寄りかかって寝て」
男らしく見せたいのに失敗した。挽回しようと胸を張って言った。
「カズくん、起こしてあげるからまだ寝てていいよ。私に寄りかかって」
「やっぱり、子供扱いか」
イチは溜息をついた。
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