第50話 散歩
イチもニイも出かけた家でヨンはレイがスパークリングをしているのを見ていた。
ヨンが足の向きを修正してやるとレイは筋のいいパンチを繰り出しいる。パワーはないが切れがある。ニイが見たら引くだろう。レイがひと段落したところで声をかけた。
「レイ、そんなに熱心にスパークリングして何を目指してるんだ?メシにしよう。俺らも外で昼メシ食おう」
「エスニック料理が食べたい」
「カレーかタイ料理はどうだ?神保町に行くか」
明後日から出張で五日もいないのに寂しそうな様子を見せないレイにヨンは恨めしげな視線を投げた。
家を出てすぐにレイが珍しく腕を絡めてきた。手を繋ぐのではなく、びったり寄り添う感じだ。ヨンは「どうした?」と聞きたいのを我慢してレイの顔を覗きこんだ。
「五日もいないから柄にもなく甘えてみた」レイは顔が赤い。
「全然平気なのかと思ってた」
「寂しいというより、なんか落ち着かなくて。今までも出張でいないことはあったのに不思議だよね」
「イチもニイもいるから心配はしてないけど、俺もなんだか落ち着かない感じだ」
「まぁ、お互い仕事している時は忙しくして忘れるでしょ」レイは微笑んだ。
「毎晩、寝る前に電話する」
「うん。電話してくれないと、スパークリングしすぎて筋肉ムキムキになるからね」
ヨンはレイの風変りな脅迫に思わず笑ってしまった。
落ち着かない気持ちを紛らわすためのスパークリングか。やっぱり変わってる。ヨンはそう思いつつも、レイも同じ気持ちなんだと安心している自分がいた。
次の日の日曜日。
昼食後、散歩に行くヨンとレイにニイが一緒に行くと言うとヨンはあからさまに嫌な顔をした。
「どうしてついてくるんだ」
「俺も少しは歩こうと思って。1人じゃ寂しいじゃないか。二人が手を繋いで歩こうが俺は気にしないから、一緒に行こうや」
「俺が気になるんだ!」
ヨンとニイが揉めてるところにレイが割って入った。
「ヨン、嫌だって言ったてついてくるんだから諦めよう。たまにはニイと一緒でもいいじゃん。それに私も気にしない」
レイは不貞腐れてるヨンの手を取って繋ぎ、温かいヨンのポケットに自らその手を入れた。
「立派な神社だよな」
久々に神社に来たニイには新鮮のようだ。
レイと手を繋ぎ機嫌の直ったヨンが話しかけた。
「そう言えばニイは初詣行ったのか?」
「行ってないな」
「何してたんだ?」
「酒飲んで寝て時々運動して、それなりに楽しかったぞ」
「普段の休日と変わらないじゃん」レイが笑った。
「ニイのために参拝するか」
ヨンが境内の正面へ向かう道を歩き始めた。
三人並んで参拝し境内から出た。緑が多い広い敷地では子供が遊んでいたり、犬の散歩をしたりとゆったりとした時間が流れていた。
「ニイは久々だから、お稲荷さんに行く?」
この神社の敷地内の傾斜にはツツジが植えてあり、その間を歩けるように細い道ある。レイが誘ったのは傾斜の途中にある赤い鳥居のトンネルの先のお稲荷さんだ。
「ここまで歩きで、帰りも歩くだろう。お稲荷さんは今度にする」
レイが「歩くのが嫌なら、なぜついてきた?」と言う前にヨンが笑いながらニイに言った。
「ここは縁結びの神様じゃないぞ。ついてきた理由を言え」
暖かい所で珈琲を飲みたいと言うニイと寒い中あずきモナカアイスを食べたいと言うレイの間で一悶着があった後、三人は神社から少し離れた静かな喫茶店に入った。
「寒空の下で冷たいものを食べるなんて俺を殺す気か」と訴えたニイの勝ちだ。
「で、散歩について来た理由は?」
ヨンは喫茶店で注文した飲み物がくるとすぐに聞いた。二人きりの散歩を邪魔されたのだから、それなりの理由を知りたがっていた。
「葵が、この辺に住んでいるらしい。つい、よく散歩に行くと言っちゃったから」
ニイは恥ずかしいのか小声だ。
「正直に言えばいいのに」レイはあずきアイスの代わりとばかりにロイヤルミルクティーに砂糖を入れた。
「今度はレンタサイクルで来ないか?」
「今度って、また邪魔する気かよ」
ニイが真剣に提案するのでレイは思わず笑い、ヨンは憮然として呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます