第51話 ヨンの出張前日
その日の夕食。
イチもバイトから戻り、四人で食卓を囲んだ。
今晩はヨンのリクエストで鯖の味噌煮だ。レイの鯖の味噌煮は魚の臭みを取るために梅干しを入れて煮込んでいて、盛り付けの際に生姜の千切りをのせている。生姜といっしょに食べるのもいいし、味噌を含んだ梅干しと食べるのも美味しい。
要は少し酸味があってヨン好みなのだ。
「鯖の味噌煮にはとろろご飯だ」とニイが主張するので、定食屋さんのような食卓になった。
「ニイのおばさんは料理上手なのに、レイの料理で大丈夫なの?」
イチが鯖の骨を慎重に取りながら聞く。
「レイの料理は普通に美味しいと思うぞ。あの家では親父が毎晩酒を飲むから夕食でご飯と味噌汁が出ない。品数は多いがつまみばかりだ。俺は米が食いたいんだ」
「つまみでお腹いっぱいになるって贅沢だよね。おばさん、凄い」
レイには自分には出来ないと尊敬の念を込めた。
「本当に贅沢だ。俺の実家は食事に送れるとおかずがなくなるから、米をおかずに米を食う日もあったぞ。それに手作りの餃子はここにきて初めて食べた」
ヨンがご飯をおかわりした。
「でも出来合いの餃子って美味しいよね。みんなが帰ってきて自分で焼くなら冷凍餃子買っておくけど」
レイは男三人を順々に見る。
「やらない」
三人とも笑顔で言った。
「明日から
ニイが話を変えた。
「そうだ」ヨンは少し不機嫌になった。心の中で「だから散歩はレイと二人で行きたかったんだ」と付け加える。
ニイは毎年この時期のヨンの出張をツアーと言っている。一箇所滞在型ではなく、数カ所をまわるからだ。
「今年のツアーもフィナーレはシンポジュームだろ?どこでやるんだ?」
「京都のホテルだ。京都はこの時期は閑散期だからな」
「冬の京都って言ったら鴨鍋だよね。レイも行ってきたら?」
イチの言葉に社会人全員が固まった。
「イチ、俺は仕事で行くんだ」
「私は仕事がある」
ヨンとレイは同時に答えた。
「いや、ナイスアイデアだ。ヨンは金曜日のシンポジュームの後知り合いと飲むんだろう?レイが仕事が終わって新幹線で行けばいいじゃないか。次の日の朝に合流して遊んで一泊して日曜日に帰って来たらどうだ?」
「ミータの世話はちゃんとするから安心して行っておいでよ。ミータも大丈夫だよな?」
イチの問いかけにミータはレイの膝からイチの膝に移り喉をならした。
ニイとイチに押されて、ヨンとレイは戸惑いながら頷いた。
イチが直ぐにパソコンを持ってきてホテルの空き状況を見る。
「ヨンが泊まるホテルは満室だから……ここにして。シングルとダブルで一泊づつ取るのとダブルで連泊するのと金額が同じだ。ダブル連泊で予約するね」
ニイはスマホで新幹線の時刻を調べている。
「帰りの新幹線の切符は回数券だろう?日曜日に使っても問題ない。京都を20時に出ても22時過ぎに東京着だ。行きもレイは仕事が終わって駅弁持って新幹線に乗ればいいんじゃないか」
「あ、ありがとう」
レイはニイとイチの勢いに押され、まだ唖然としていた。
「レイは俺がいるから旅行にいけなかったじゃん。だから楽しんできてよ」
イチが熱心に勧めるのはその理由かとレイは納得した。
「イチのせいじゃないよ。旅行に行かなくても楽しいんだからそれでいいんだよ」
「イチと一緒だったら旅行に行かなくても良かったんだ。たいしたことじゃない」
ニイが言い切った。
「イチ、俺が連れていくから、そんな顔をするな」
ヨンがイチの頭を手荒く撫でた。
「京都観光のおすすめはどこ?」
レイがしんみりした空気を変えるために明るく聞いた。
「鞍馬。絶対鞍馬に行って。天狗信仰の場所だから森の中で少し歩くけど二人なら楽勝だから」
イチはニイを見ながら即答した。
「なぜ俺を見る。俺だって大丈夫だ。今日もヨンとレイについて神社まで散歩に行ったんだ」
「お稲荷さんは歩けないって言ったけど」レイがすかさず言う。
自慢げに話すニイにイチが驚いた。
「すぐそこのテニスコートにも車で行きたいって言ってたのに、どうしたの?」
「愛の力だ」
ヨンが二人だけの散歩を邪魔された仕返しとばかりにからかうように言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます