第14話 小さなお客

 ヨンとレイは優斗を連れ父親の入院している病院へ行った。

 優斗の父親は息子を独身の兄弟だけがいるヨンの実家よりも女性のレイがいる家で預かってもらえることに安心したようだ。レイにも人見知りすることなく懐いていることも安心材料だった。少なくとも食事の心配はしなくていいと思ったのだろう。ヨンが面倒をみていることに驚いたと正直な感想を述べたが、年下のヨンにも丁寧にお礼を言った。

 優斗は父親との再会しても泣かなかった。父親と喋って子供なりに大丈夫だとわかったのだろう。レイが「お父さんは元気になって帰ってくるから待ってようね」と言うと元気よく返事をした。

 大人しかったのはここまでだった。点滴を触りたがり、ベットの上で飛び跳ねようとする優斗をヨンがキャッチし連行するように病院を出た。


 ヨンがネットで探した四歳児でも遊べる公園は病院からも家からも比較的近くにあった。大人の足なら家から徒歩20分ほどの距離だ。都内には珍しくジャングルジムがある。優斗はヨンを相手に遊具で遊び走り回っていたが直ぐに同じ年頃の子供たちの間に入って遊び始めた。ヨンとレイは子供たちの母親に軽く会釈をして彼女たちから少し離れたベンチに座った。



 「優斗、そろそろ帰るぞ」

 二時間ほど遊ばせた後、ヨンは優斗を呼んだ。優斗はこっちに来ようと走り出し、レイの手前で転んだ。

 「優斗は強いな。さすが男の子だ」

 レイの言葉に優斗は泣き出すタイミングを失い、レイに抱きつてきた。レイは優斗の頭を撫で乱れた服を整えながら、怪我を確認する。擦り傷もない。

 「あげる」

 優斗が手のひらを開いた瞬間、レイは悲鳴をあげヨンは爆笑した。

 その小さな手のひらには大量のダンゴムシがいた。


 ダンゴムシを持って帰ると言う優斗にレイは「私かダンゴムシか、どっちがいいか選びなさい」と思わず彼女みたいなことを言いそうになる。

 ヨンが屈んで優斗の肩を抱いた。

 「俺も通った道だ。ダンゴムシとの別れは辛いよな。でも、お友達も自分の家に帰るだろう?ダンゴムシも帰してあげないと」

 「うん。わかった!」優斗はポケットからもダンゴムシを出し、レイは二度目の悲鳴を飲み込んだ。

 レイはなぜ男の子はダンゴムシが好きなのか全く理解できないが、とにかく持って帰らずに済んでヨンの変わった説得に感謝した。


 帰りのバスを待つ間、優斗は右手でヨンのTシャツの端を握っていた。普段の生活で父と息子だけだからだろうか。優斗の父親とヨンは似ていないが、レイよりもヨンの方が甘えやすいようだ。ヨンが優斗を物のように抱えるせいか、抱っこは嫌がる。

 「優斗、夜ご飯は何食べたい?」レイは優斗の空いてる手を握った。捕まえていないと、どこに行くかわからない。

 「ハンバーグ!」

 「夜はハンバーグにしよう」

 「あー、いぬ!」

 優斗の興味の対象は秒単位で変わっていく。コミュニティバスのキャラクターの犬に喜んでいた。


 まだ16時前でバスは空いていた。最後尾の席の窓側に優斗を座らせ、隣にレイ、ヨンと並んで座った。

 「レイ、ありがとな」

 「お礼を言うのはまだ早いよ。お風呂ご飯、最後に夜泣きと道のりは長い」

 「いつも六時半に夕食で八時半には寝せるって言ってたな。帰ったら風呂に入れるか」

 「濡れたまま出してくれたら私が拭くよ。ミータの爪切りより楽でしょう」

 「飯も作るのに悪いな」

 「ニイが帰ってきてたら手伝ってもらおう」

 「帰っているかな?ニイは仕事が忙しそうだ。それより、何かあったのかな?」

 ヨンはニイが夜、家でも仕事をしている事を知っていた。その時に声をかけるとニイは目頭を押さえ「こんなに疲れている日は愛する女の胸の中で眠りたい」と言ったのだ。もともとクサイことを平然を言えるタイプだが、いつものニイだったら「愛する女を抱きたい」と言うだろう。さすがに優斗の前では説明しにくい。そのまま黙ってしまった。

 レイはニイの悩みを知っていたが何も言わなかった。


 優斗は窓に張り付いて外を眺めている。

 「パパはいつ帰ってくる?」急に寂しくなったようだ。

 「明日だ」ヨンが答えた。

 「あした……」

 「ご飯たべて寝て、朝起きたら帰ってくるよ」レイがなだめる。

 「こりゃ、夜泣きは確実だな」ヨンが呟いた。


 

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