第12話 出来心

 暑さが残る九月最初の土曜午前11時。レイはミータと二人きりだった。イチは本業の学業が忙しく土日も学校に行くことが多くなった。ニイは相変わらず自由だ。昨日から帰ってきていない。連休前はかなりの確率で朝帰りなので今では心配していない。忘れられない人とはどうなったのか気になるが、あれ以来変わった様子もない。すぐに態度にでるヨンより何でも冗談で返すニイの方が分かりにくい。


 レイは朝8時にイチを送り出した時、ヨンの母親からの電話を受けた。ヨンは寝ていたのだが、それが理由でレイに電話をしたのではない。ヨンを確実に捕まえることができるからヨンの両親はいつもレイに連絡してくるのだ。


 レイはヨンの部屋の前で何度も声をかけ、ドアに耳を当てる。起きる気配がない。部屋に入り「おはよ。目は覚めてるでしょう」と言いながらカーテンを開けた。ヨンは「んぅー」と唸りながら伸びをして眩しそうにレイを見る。

 「どういう展開だ?もしかして夜這いか?」

 「朝だから夜這じゃないね」レイは軽く受け流し、掛け布団を剥がそうとベッドの横で腕を組んでヨンを見下ろす。

 「俺は明るくても全然構わない」そう言うと長い腕をレイの腰に回し、そのままベットの中に引きずり込んだ。勢いが良すぎてレイを胸で受け止める。鼻先にレイの髪が当たり、くすぐったい。



 すっぽりと抱え込まれ、レイはヨンの胸におもいきり顔を埋める恰好になった。

 ドキドキするが妙に落ち着く。ヨンがレイの腰にまわした腕をグイっと引き寄せると、さらに身体が密着しレイの心臓は一気に跳ね上がった。

 「ふざけてないで起きて。おばさんからお昼までに実家に来てほしいって電話があった」レイは冷静を装い何とか言葉にした。心臓麻痺を起こさないのが不思議なくらい心臓が高鳴っている。

 「えっ、何だろう?」

 「外からの電話で途中聞こえなかったけど何かしてほしいって。まぁ行けばわかるよ。朝ごはんを用意してあげるから、そっちも用意して」

 ヨンが力を抜いた隙にレイはベットからすり抜け、一階へと降りていった。



 ヨンは階段を降りていくレイの足音を聞きながら呼吸を整える。鼓動が収まらないのはレイの香りと感触のせいだ。さわやかなミント系の残り香に抱きしめた時のことを思い出す。華奢な身体。それなのに柔らかい感触、そして自分でやっておきながら動揺したことまで思い出していた。

 やばい。完全に欲求不満だ。レイの反応が気になって仕方なかった。

 

 ヨンがダイニングに入ると既に朝食が用意してあった。平日はパンとスープや冷蔵庫にあるヨーグルトや果物を食べるか、寝坊して食事を抜くかだ。今日はいつもの朝食にサラダと目玉焼きにハムまである。

 「豪華だな」

 「これから精神的に消耗するから食べておかないと」

 ヨンはレイをにらんだが、慣れていているレイはヨンの正面に座って気にすることなくコーヒーを飲んでいる。


 「さっき私をベッドに引きずり込んだじゃん」

 ヨンはレイの言葉に手に持ってたパンを落としてしまった。やりすぎたか、謝るべきだよな、と恐る恐るレイの顔を見る。

 「ワニの狩りってあんな感じかな?」

 「ん?」

 「あっという間に川に引きずまれて腸を食われるの」

 ヨンは唖然としてレイを見つめた。こいつは変わっている。前から思っていたが、本当に変わっている。思わず気になっていたことを口に出してしまった。

 「怒ってないよな?」

 「怒ってないよ。何で?」

 「何でもない。一緒に行くか?」

 「行くわけないじゃん」

 レイは笑ってソファーに移動しミータとゴロゴロし始めた。


 ヨンは「怒ってない」という言葉をどう捉えていいのか悩む。些細なことで気にしてないということか、そうだとすると俺は男としてみられていない。不快じゃないって事だとすると、もしかして……。

 「片付けもいいから、実家に行っておいでよ」レイの言葉で我にかえった。

 「昼にはまだ早いのに俺を追い出す気か」

 「早く行けば早く終わるかもしれないじゃん」


 レイの言葉にヨンは仕方なく実家へと出かけて行った。 


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