第6話 家族宴会
「レイさん、カッコイイ彼氏が迎えに来てますよ」
外から戻って来た後輩の女性の声で書類から目をあげた。
レイは証券会社に就職して五年目になる。資料作成を請け負うチームで依頼された図表やグラフを作成している。
「彼じゃなくて弟よ」この時間だったらイチだろう。
「レイさん、弟がいるんですね。でもレイさんより年上に見えるけど……」
七歳年下のイチが年上にみえるとは、どんな服装で来たのだろう。後輩の言葉に苦笑した。
急いで書類を片付けビルのエントランスに行くと、ニイが立っていた。ニイは数日前に大阪から両親が戻ってきたので今日は実家にいるはずだったのだが。
「もう逃走?」
「晩飯はヨンの家で宴会だからレイを呼んで来いって」
レイはヨンの家には先週、ニイの家には昨日、イチと二人で挨拶に行ったばっかりだ。お盆とお正月に必ず挨拶に行っているのだ。
「この前行ったばかりだから…」
「来ないとダメだ。ヨンの両親からもレイを絶対連れてこいって、なぜか俺に言ってきた」
なぜかではない。ヨンが家に寄りつうかないし電話にもメールにも滅多に返事をしないからだ。それに私達が行かないとヨンは行かないだろう。ニイとヨンの両親にはお世話になっているので、レイは頻繁に連絡を取っているし挨拶にも行っているので良好な関係だ。問題は気に入られすぎていることだ。
「イチとヨンも捕獲してあるから安心しろ」
捕獲……メールで連絡せずに直接来たのは捕獲のためか。ニイの言葉にレイは諦めてトボトボと歩いた。
ニイとレイがヨンの家の一階の和室に入ると、うんざりした表情のヨンが一番に目に飛び込んできた。その横でイチとニイの妹、ヨンの兄弟が楽しそうに会話をしている。レイは吹き出しそうになるのを堪え、ヨンの隣に座った。
改めて乾杯をしたが、ニイとヨンの両親はお酒がすすみ会話も弾んでいた。というより、自分の育てた植木の良し悪しを巡って張り合っていた。そして、彼らの父親と同じようにニイとヨンも張り合っていた。
「イチ、免許合宿の前に運転を教えてやるぞ」
「俺の方が運転上手いから、俺が教えてやる」
「私も免許取ろうかな」
ニイとヨンはレイの発言に声をそろえて「やめとけ」と叫んだ。
「シニアチームと違ってこっちはレイというオチがあるね」とイチが朗らかに言った。
ニイとヨンの両親は飲むと長くなる。子供達だけで早々に空いた皿を片付け、ヨンの兄弟はそれぞれ自分の部屋に戻った。
「今日はご馳走様でした」レイはイチをつれて挨拶をした。なぜか、ニイとヨンもついてくる。
「レイ、うちの息子を貰ってくれないか?三人のうちどれでも好きなのをやるから」ヨンの父親はレイに会うと必ず言う。子猫じゃないんだから、その表現はどうかと、いつも思うが長くなるの今日も聞き流した。
「レイ、うちの息子はどう?」ニイの父親がすかさず聞いた。
レイは「これが問題なんだよ」と心の中でため息をつく。
「レイ、早く帰らないと誰かと結婚させられるぞ。俺は実の妹と飲み明かすかな」
ニイは妹の舞子と実家に戻って行った。
「俺は帰る」ヨンは挨拶もそこそこに出て行った。
ニイとヨンの両親は子供達の態度に慣れた様子でさほど気にせず、騒がしく宴会が再開された。
帰りのタクシーの中で、レイが明後日から免許合宿に行くイチを心配していた。
「気を付けてよ。無茶はしないこと」
「教習所だから事故を起こすようなことはないよ。それよりレイ、ちゃんと戸締りして、帰りも遅くならないようにして」
本気で心配しているイチにヨンが答えた。
「イチ、俺が家にいるから大丈夫だ。それにレイのキック力だったら襲った方にも災難が降りかかるから安心しろ」
タクシー運転手はミラー越しに女性を見て運動よりも読書が似合いそうな大人しそう感じなのにと首を傾げた。若い男と目が合う。
「残念ながら真実です」イチが真面目に答えた。
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